烏丸麗子の御遣い㉜


「それじゃ……娘を……」

 

 大畑の口から次の言葉は出てこなかった。

 

 代わりに卜部が口を開く。

 

「勘違いするんじゃないぞ? さっきも言ったが娘を探す余裕はない……!!」

 


「素直じゃないですねぇ……あんな言い方せずに最初からちゃんと説明すればいいのに」

 

 そう言って嬉しそうに顔を覗き込むかなめを卜部が睨みつける。


 

「あそこに行くには難所がいくつかある……まずは俺の根城に戻って準備をしよう……!! こっちだ……!!」


 そう言って大畑は二人の前を進み、何度も振り向き手招きした。



 そんな大畑を見て卜部とかなめは顔を見合わせる。




「ここは陸軍が作った秘密の坑道なんだ……ほら」


 そう言って大畑が指差す先には錆だらけの水筒やヘルメットが転がっている。

 

「俺の根城も多分陸軍が作ったもんだ。あれがなきゃここまで生き残れなかった……」

 


 その時突然卜部が立ち止まった。


 壁に手を触れながら何かを確かめるようにボソボソとつぶやいている。

 

 

「大畑さん……これはあんたが書いたのか……?」

 

 卜部は横に一歩ずれて、壁に書かれた文字の羅列を露わにした。

 

 大畑は一瞬考える素振りを見せてから答える。

 

「いや。始めからそこにあった。軍の暗号か何かだと思っていたんだが……?」

 

 卜部は黙って大畑を見つめていたが、一言そうか……とつぶやき歩き出した。

 

 


「何かあったんですか……?」

 

 小声で尋ねるかなめの唇に、卜部は人差し指を当てただけでそれ以上は何も話さなかった。

 

 

 かなめは突然唇に触れられて心拍数がおかしなことになる。

 

 心音が聞こえそうな沈黙に耐えかねて、かなめは無理やり口を開いた。

 

「そ、それより……!! き、気になってたんですけど……!! 大畑さんずっとここに住んでるんですよね!? 一体何を食べてたんですか……!?」

 


「ああ……それも根城に着けばわかるよ。陸軍の置き土産があるんだ……」


 大畑はそう言って振り向くと口を開けて笑ってみせた。


 開いた口から、抜け落ちて隙間だらけになった歯が顔を出す。



 薄汚れて年老いた溝鼠どぶねずみを思わせるその姿に、かなめの胸をちくりと刺す何かがあった。


 ボロボロになっても娘を探し続ける大畑の姿に、父親の愛を見たような気がした。



 それが呼び水となってチグハグで不明瞭な父の記憶が薄ぼんやりと蘇る。




 わたしの父も、わたしが失踪すればこうして探してくれたのだろうか……?


 生きている望みが限りなく薄いとしても、諦めずに探し続けてくれるのだろうか……?



 そして同時にかなめは思った。



 そうまでして、ボロボロになって、人生を投げ売ってまで、探してもらうことを消えた本人は望むだろうか……?


 それを望むだろうか……?



 そんなかなめをよそに、卜部は何度も立ち止まっては壁の文字列を睨んでいた。


 念入りに文字に触れていたかと思うと、結局低く唸るだけで、何も言わずに歩き出す。



 かなめは真剣な卜部の横顔を見て気持ちを切り替えた。

 


 そんなことより……今大切なことをしよう……わたしは先生の助手だ……!!



 かなめはまとまらぬ自問自答を振り払い、卜部の後ろから読めもしない文字の羅列を眺めるのだった。 

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