烏丸麗子の御遣い㉛

 

「せ……先生……!! 前からもいっぱい来ました……!!」


 通路を埋め尽くす手の大群を指差しかなめは叫んだ。

 

「くそ……でこの威力か……」

 

 卜部は険しい表情で左腕の袖を捲る。

 

「何するつもりですか……!?」


 かなめは卜部が放つただならぬ気配を察して咄嗟にその手を掴んだ。


「ここで死んだら元も子もない……」


 そう言って卜部が何かをつぶやこうとしたその時だった。




……!!」



 

 突如聞こえた男の声に二人は驚き目を丸くする。

 

 見ると電球の光が当たらない影の部分から皺枯れた手が手招きしていた。


 

「早く……!! 奴に捕まる前に……!!」


 萎れた手の主は暗闇から二人に呼びかける。 


「かめ行くぞ……!!」

 

 卜部は覚悟を決めて手招きする手のある方に向かった。


 

 その時背後でと、注連縄が切れる鈍い音が響く。

 


 白い腕は瞬く間に卜部とかなめに襲いかかり、二人の立っていた場所で合流した。

 


 その手は敵味方の区別もなく、触れるものを手当たり次第に引きちぎっていく。



 後に残されたのは血と肉と皮膚、そして一面にばら撒かれた無数の指だけだった。


 



「急げ……!! こっちだ……!! ここは奴の知らない隠し通路だがバレるのも時間の問題だ……」

 

「恩に着る。お陰で助かった」 


「そんなことより……あんたら何者だ……? どうやってここに来た……?」

 


 痩せこけた老人は振り向いて、深い皺の刻まれた顔を露わにした。



「に、日本兵……!?」


 ボロを纏って帽子を被る老人の姿が、かつて見た日本兵に重なって、かなめの身体に緊張が走る。



「よく見ろバカタレ……被ってるのは駅員の帽子だ……! 俺は邪祓師の卜部。こいつは助手のかめ……」

 

「かなめです!」

 

 かなめはすかさず卜部の前に頭を出して言った。

 

 そんなかなめの頭を押しのけて卜部が続ける。



「詳しい説明は省くが、俺たちはここに逃げ込んだある男を探してる。それと、この地下鉄で起きている怪現象を封印するのが今回の仕事だ……」

 


「専門家というわけか……」


 男は感心したように頷きながら言った。


 

「俺がここに入って随分になるが……あんたのような奴は誰も現れなかったよ……」


 そうつぶやいた男を見据えて、卜部が静かに口を開く。

 


「もしやあんたか……?」


「お、大畑さんって……あの大畑さん……!?」 


 卜部の言葉にかなめは驚きながらで男の顔を見つめた。

 


「ああ……俺は大畑継男おおはたつぐお……地下鉄で消えた娘を探してる……!! 絶対にここにいるはずなんだ……!!」

 

 そう言って大畑は鞄の中から片足だけの赤いパンプスを取り出し、両手に乗せて大事そうに差し出した。


 差し出したその手は小さく震えている。

 


「開かずの扉の前に落ちていたんだ……娘は……喜美子は絶対この中にいる……!!」


 震える声でそう言う大畑の目から涙が滴り落ちた。



「頼む……!! ずっと探しているが見つからない……どうか力を貸してくれ……!!」



 そんな大畑に向かって卜部は静かに首を振った。

 

「悪いが娘探しを手伝ってる余裕はない……」

 

「先生……!!」


 かなめは卜部に向かって叫んだ。


 そんなかなめを大畑が止める。


「お嬢ちゃん……いいんだ。ここがどれだけ危険な場所か……長いことここにいる俺が一番良く知ってる……無理強いはできない……」


 大畑はそう言って手を振った。

 

「達者でな。仕事の無事を祈ってるよ……」

 

 

「待て」

 


 大畑は立ち止まるとゆっくり卜部の方に振り返った。


 

「娘探しは手伝えないが、俺達の仕事は手伝ってもらう……」



「先生……!! そんなの無茶苦茶です……!!」

 

 それを聞いたかなめが思わず声を荒げる。



「あんた正気か!? 何のために!? 俺に何の得がある!?」

 

 大畑も呆れたように言い放った。

 

 


「あんたの娘は十中八九主の所にいる。主を前にして、俺は娘の面倒まで見きれない」



「俺をそこまで案内しろ。俺が主の相手をしている間、あんたは好きに動けばいい……長年ここにいるあんたなら、奴の居場所も知ってるんじゃないのか……?」

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