烏丸麗子の御遣い㉙ 榎本敏彦
【朝の壱】
駅の宿直室で榎本は目が覚めた。
昨夜の出来事を思い出し気分が暗くなる。
列車に逃げ込んだものの結局目的地にはたどり着けなかった。
手を振る女は着く駅、着く駅、どのホームにも立っていた。
そのうえ駅を通過するたびに女の状態は悪化していった。
白い服はボロ切れ同然に変わり果て、裂けた服の隙間からは剥き出しになった骨や内臓が顔を出す。
結局榎本は列車を降りることが出来ずに運行時間が過ぎてしまった。
適当な事情をでっち上げ、半ば強引に車庫に戻る列車に同乗した榎本は、こうして初めの駅に戻ってきたのだ。
宿直室で震えながら榎本は夜明けを待っていた。
午前三時を過ぎ、ようやくうとうとと眠りに落ちかけた頃、誰も居ないはずのホームから列車の音が聞こえてくる。
一気に脳が覚醒し、がばりと飛び起きて耳を澄ますと、いつもの列車とは違う音がした。
嫌に耳に残る錆びたブレーキの音が榎本の不安を否が応でも煽りたてる。
結局その日は一睡も出来ないまま、榎本は朝を迎えるのだった。
「榎本さんおはよう。顔色悪いね……?」
「はは……まぁ……」
すれ違った同僚に引き攣った笑顔で会釈して、榎本は事務室に向かった。
「駅長……!! あの二人はどうなりましたか……?」
榎本は開口一番に尋ねた。
駅長は顔色一つ変えずに首を横にふる。
「昨日の夜遅くに坑道を探しに行ったきりまだ何も連絡はありません。それにまだ半日も経っていませんから……」
榎本の体から力が抜けていく。
床に崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えたが、世界はぐにゃぐにゃに曲がっているようだった。
「それよりも……今日の業務ちゃんとしてくださいね……酷い顔ですよ……?」
その言葉が榎本の世界に再び確かな輪郭を与える。
それは鉄格子で造られた檻のように冷たい輪郭。
この地下鉄からは逃げられない……
誰かが耳元でそう囁いた気がした。
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