烏丸麗子の御遣い㉖ 榎本敏彦
榎本は通勤ラッシュを終えて閑散とする列車を走らせていた。
イライラと落ち着かず、気が付けば運転しながら貧乏揺すりを繰り返している。
「ちっ……」
そんな自分に舌打ちをしつつも、次の停車駅に近づけば体に染み付いたアナウンスが独りでに口から流れてくるのであった。
ドアから半分ほど身を乗り出して、乗客の出入りが途絶えたことを確認すると、榎本は笛を吹いて合図した。
するとドアが閉じきる前に一人の女が駆け込んでくる。
「駆け込み乗車はご遠慮ください……」
手元のマイクで半ばあてつけのように不機嫌なアナウンスをすると、駆け込んできた女がこちらをじぃ……と睨んでいるのがわかった。
慌てて視線を逸らし、榎本は運転に集中する。
しかしどうにも後ろの女が気になった。
コツン……
コツン……
コツン……
耳障りな足音が耳につく。
おいおい……あの女こっちに近づいてるんじゃねぇだろうな……
榎本がチラリと背後に目をやると、女は運転席に一番近いシートに座ってこちらを凝視していた。
目があるはずの場所にぽっかりと空いた黒い孔がこちらを睨んでいる。
出入りする蛆に気が付いた時には、思わず情けない声が口をついていた。
「ひぃぃい……」
逃げ出したい衝動を必死で抑えて榎本は前を向いた。
しかし嫌でもフロントガラスに映り込む女の挙動に目が向いてしまう。
気が付くと車内の蛍光灯の一つが切れかけて不安定な瞬きを繰り返していた。
その明滅に合わせて、女の口が動いている。
見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見る見るな見るな見るな見るな見るな見るな……!!
必死で念じていると蛍光灯の明かりが不意に元に戻った。
恐る恐る振り返ると、女の姿は消えている。
「はぁ……助かった……」
バン……!!
何かが外から窓を叩いた。
「あ……け……て……」
「わあああああああああああ……!!」
思わず声を上げると、乗客の数名が驚いた様子でこちらを見ていた。
「す、すみません……」
慌てて頭を下げ、何でも無いふうを装ったが、心臓はありえない速さで脈打っている。
「くそ……!! くそ……!! あの二人は
何やってるんだよ……!! 偉そうなこと言ってたくせに……!! くそ……!! くそ……!!」
卜部とかなめが地下鉄の闇に消えてから、すでに丸二日が経っていた。
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