烏丸麗子の御遣い㉕

 

 不気味に嗤う乗客達の視線を感じながら、かなめは卜部の後に従って列車を降りた。


 それと同時に車掌の笛が鳴り響き、薄暗いトンネルに木霊する。 



 かなめはちらりと列車を振り返り、すぐにその事を後悔した。



 振り返って見た窓一面にべったりと乗客たちが張り付いている。

 

 目を見開きこちらを睨む彼等の双眸にはどす黒い怨念が渦巻いていた。




 ガタン……



 車輪が音を立てて廻った。


 その瞬間、彼等の表情が恐怖に歪んだ……



 彼等は泣き叫びながら無茶苦茶に窓を引っ掻き、我先にと窓の外に逃れようとする。


「いやあああああああああああ……!!」

「あぁぁぁっぁああああああああああ……!!」

「死にたくない……死にたくない……死にたくない……!!」

「助けて……ここから出して……!! 出せぇぇぇっぇぇぇぇぇえ……!!」

「坊やがいるの……お願い坊やがいるんです……!!」



 しかし窓はびくともしなかった。


 窓に突き立てた爪は割れ、剥がれ、血が流れる。



 そんな彼等の叫びを嘲笑うように車掌の低い声が響きわたった。

 

「次は〜冥途〜冥途〜……お降りの方は地獄行き〜地獄行き〜……誰も逃げられません誰も逃げられません誰も逃げられません……!! ふははっはははははっはははは……!!」



 亡者達を乗せた列車は悲鳴と狂った高笑いを上げて走り去っていった。

 


「ふん。車輪カルマとはよく言ったものだな……奴らはを呪う限り、呪われたから逃れられない。この先も延々と悲劇を繰り返し続けるだろう……」



「祓ってあげられないんですか……?」

 

 かなめは泣き叫ぶ彼等の顔を思い出しながら、小声で尋ねた。

 

 そんなかなめに卜部は目を細めて言う。

 

 

「バカタレ。奴らに同情の余地はない。仮に祓えたとしても奴らの性根は変わらない。祓われた先でさらなる苦しみを受けるだけだ……」


「そうですか……」


 そう言って俯くかなめを一瞥して、卜部は低い声で言う。


「覚えておけ。本当の邪悪は人の心の中にある……それを真に祓えるのは心の持ち主、本人だけだ……」

 



「じゃあ……先生はどうして邪祓師を……?」



 かなめの口をついて思わず言葉が溢れた。


 しかし望む答えが返ってこないことをかなめは知っている。

 


「……祓うべき邪悪があるからだ……」


 卜部は静かにそれだけつぶやいた。


 

 

 その時かなめの脳裏に烏丸の顔が思い浮かぶ。

 

 記憶の中の彼女はかなめに優しく微笑んで言った。

 


『好きな人のことは何でも知りたいものよね?』

 

 

 少なくとも烏丸はかなめが知らない卜部の過去を知っている。

 

 それは歯がゆくもどかしい。


 胸の奥を掻き乱すような形容し難い不快な感情。 



 それでもかなめは心の中でその言葉を打ち消し言った。


 

 わたしは先生が話してくれる日まで待ちます……


 

 かなめは顔を上げて卜部を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「いつか……わたしが一人前になったら……!! 先生の背負ってるものをわたしにも背負わせてくれますか……?」

 

 卜部はしばらくその目を見つめてから、視線を逸らしてつぶやいた。


 

「さあな……」

 


「先生……!!」

 

 かなめは卜部の視線に回り込んでもう一度目を見つめた。

 

 

 その瞳に宿る光にあてられ、卜部はため息をついて言う。

 

「考えておく……」

 

 

「それより今は……」

 

「この案件に集中!! ですよね?」

 

 

 卜部はじっとりとした目でかなめを見据えてから、と手招きした。

 

 小首を傾げて近付くかなめの額を強烈なデコピンが襲う。

 

「ぐっはぁああああ……!? な、何するんですか!? いきなり!?」



「デコピンだ。そんな事も分からんうちは一人前には程遠い……!! 行くぞかめ!!」

 

「な……!? そういう意味じゃありません!! デコピンだってことくらいわかってますよ!!」


「いくぞーかめー」


 卜部はかなめを無視して鉄の扉に向かって歩き出した。


「ちょっと!! 先生!! 異議を申し立てます!! これはれっきとしたパワハラです!!」


「いくぞーかめー」


 卜部は抑揚の無い声で繰り返した。


「先生!? 聞いてないですよね!? パワハラですよ!? パワハラ!! それに亀じゃありません!! か・な・めです!!」



 


 開かずの坑道に続く扉は固く閉ざされている。


 中から地獄が漏れ出さぬようしっかりと。

 

 それが地獄の門と知りつつも、かなめは卜部の後を追って地獄の淵に降り立つのだった。

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