烏丸麗子の御遣い㉔


 卜部の指先で地下鉄の風に揺れる二枚の切符は、まるで地獄への片道切符のように思えた。

 

 かなめは昼間にあった卜部との会話を思い出す。

 


「蔵に行くぞ……」

 

「蔵って……!? あの呪物がいっぱいの蔵ですか……?」

 

「そうだ。必要いるものがある」

 

「何がいるんですか……?」

 

だ」

 

「切符?」

 

「ああ。大正二年、大規模な列車の衝突事故があった。その切符は事故車両に二人の乗客が持っていたものだ……」

 

「じゃあ、二人は運良く生き延びたんですね……!! 幸運な切符じゃないですか!!」

 

「ところがだ……あの蔵にあるということは当然曰くがある……」


「うっ……」


「二人は脱線事故が起こることを予知していたらしい。事故当日駅に向かい乗客に話して回ったが当然誰も信じなかった。それでも二人は未然に事故を防げなかったことをひどく悔やんだらしい」

 

「その罪悪感と死者たちの怨念が噛み合った。二人はそれから、行く先々で事故現場に遭遇するようになる。現場の遺体は一様に二人を睨みつけてこう言ったらしい……」

 

 

………………!!」

 

 卜部の出した低い声に、かなめの背筋が凍る。

 

「逆恨みも甚だしい怨霊達の言い分ではあったが、罪の意識に苛まれる二人には鋭い呪詛の言葉となって心を突き刺したんだろう……」

 

「二人はどうなったんですか……?」

 

 おそるおそるかなめは尋ねた。

 

「最後は気が触れて死んだらしい。その遺族が引き出しの奥でくだんの切符を見つけた。それ以来死んだ二人と同じように事故現場に遭遇し、列車に乗れという幻聴を聞くようになった」

 

「それを先生が引き取って蔵に封印したんですね……」

 

「そういうことだ。この切符があれば確実に事故現場に……それを利用する……!!」

 


 その時だった。 


「おいかめ!! ぼさっとするな!! 地獄行きの列車がお出ましだ……」

 

 卜部の声でかなめは我に返り顔を上げた。

 

 見るとホームに古めかしい列車が停車している。

 

 錆だらけの車体はところどころひしゃげており、車内の電灯は頼りなく、時折弱々しく明滅している。

 

 赤黒い飛沫が窓の内側にこびりつき、乗客達の顔には黒い影が差していた。

 

 

 卜部は迷うことなく列車の扉に向かって歩いていく。

 

 すると扉の奥から声が聞こえた。

 

「切符……」

 

「二人だ」

 

 そう言って卜部が切符を二枚暗がりに向かって差し出すと、血に塗れて不自然に曲がった手が伸びてきた。

 

 ぱちん……

 

 ぱちん……

 

 その手は切符に穴を開けると卜部に切符を返した。

 

「行くぞかめ。腹を括れ……!!」

 

「うぅうう……亀じゃありません……!! かなめですぅ……」

 

 そう言って列車に乗り込む刹那、車掌がかなめの耳元で囁いた。

 


「お前たちじゃない……」

 

 かなめの全身が粟立ち、思わず声の方を振り向くと、そこには全身がぐにゃぐにゃに曲がった車掌が立っており、怒りの形相でこちらを睨んでいた。

 

 

「無視しろ。目当てが俺たちじゃないなら好都合だ。おい!!」

 

 そう言って卜部は怪異を睨みつけた。

 

まで頼む。切符は渡したんだ。お前の役目を果たせ……!!」

 

 車掌はぶるぶると身体を震わせると運転席へと歩き出した。

 

 一歩踏み出すたびに長靴からはと液体の溜まった音が響く。

 

 運転席に着くと車掌は首に下げた笛を咥えて合図した。


 笛の音が鳴り響くと同時にドアは音を立てて閉まり、鈍い振動を伴って列車は発進する。

 

 ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン……


 不快な振動に合わせて席に座る乗客たちの身体が跳ねた。


 影になって見えないはずの顔がこちらを睨んでいるのが理解ってかなめは息を殺して気配を消そうと試みた。


「気にするな。俺たちは客だ。それもこいつらが行った場所よりヤバい場所に向かってる……睨むだけで何も出来ん」


「励ましになってません……!!」


 かなめが小声でそう言うと、乗客の一人が壁を殴りつけた。


 びくりと身体を震わすと、車掌のアナウンスが聞こえてきた。


「次は〜開かずの坑道〜開かずの坑道〜お降りの方は死に……死に……死死しし……死に死に……」



……!!」

 

 ぎゃははっははははっはははははっはははははは

 ぎゃあっははははっはははっはははっはははああははは

 ぎゃははっははっはははっははっはははは

 あはっははああっははははっはははっははっはっはは……!!

 

 突然乗客たちは大声で嗤い出した。

 

 かなめが顔を引きつらせて固まっていると、けたたましいブレーキ音が鳴り響き、車両が大きく揺れた。

 

 ガタン……!!

 

 転びそうになるかなめを卜部が掴んで引き止める。

 

「す……すみません……」

 

 そう言ってかなめが顔を上げると、血まみれの乗客たちはこちらを見て邪悪にほくそ笑みながら一点を指差していた。

 


 指の先を目で辿ると、そこには重たい鉄の扉が佇んでいた。

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