烏丸麗子の御遣い㉓


 かなめは頷き卜部の脇に落ちている鞄に手をかけた。


 怪異の女はそんなかなめの方に顔を向け、呪詛の言葉を浴びせ掛けようと口を動かす。


おん……!!」


 卜部が叫ぶと怪異の手に黒い亀裂が走った。


「唖々唖々唖々唖々唖々唖々……!?」 



 痛々しい声で叫ぶ怪異の口からが飛び出した。


 卜部はそれを見て一瞬眉を顰める。



「先生……!! 準備できました……!!」


「よし……小瓶を開けて構えてろ……!! 今度は……?」


 卜部は怪異の両手を肩から引き剥がし、傷口から滲み出した血を口に含んだ。

 

 それを勢いよく怪異に吹き掛け言う。


τιティ ονομαオノマ σοιソイ……!! 汝の名を語れ……!!」

 

 

「いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!」

 

 女の目から血の涙が滴り落ちた。


 血の溜まった目を大きく見開き、女は天井を見上げて声を漏らす。


「お……お……お……」


……!!」



 そう叫ぶやいなや怪異の身体が地面に崩れ落ちた。

 

 小石のような無数の白い粒が怪異の立っていた床に散らばっている。

 


「やっつけたんですか……?」

 

 おずおずと尋ねるかなめに卜部は首を振った。

 

「いや……あの女の怪異、どうやら坑道の奥に潜む化け物の隷属になっていたらしい……親玉に


 

 卜部のその言葉で、かなめの身体に悪寒が走った。

 

 卜部の術を容易く躱す怪異など今まで見たことが無い。

 

 そのうえそのとやらは、まだ姿すら現していないのだ。



 開かずの扉の奥に息づく怪異が、すでに卜部の力を凌駕しているような気がして、かなめの胸に不安が重たくのしかかる。

 

 

「だが収穫もあった。見てみろ」

 

 床に散らばる白い小石を指差して卜部が言う。

 

 見ると、その小石は濡れてぬるぬると光っていた。

 

「ひっ……!?」

 

 かなめは小石の正体に気が付いて思わず一歩後退る。

 

 それは小石ではなく無数の白い蛆だった。

 

「榎本の話に出てきたのも蝿だ……こいつは蝿の子。話は確実に繋がってる……」



「これもですか……?」


 かなめは先日の盆地であった出来事を思い出しながら尋ねた。

 

 

「いや……こいつは霊蝿じゃない……」

 

 蛆の一匹を摘み上げて卜部がぼそりとつぶやいた。

 

 

「それってどういう意味ですか……?」

 

「さあな……それより今はもっと重要なことがある。あの女の怪異の名前だ」

 

 卜部は蛆をかなめの持つ小瓶に落として言った。

 

「何か叫んでましたね。でもよく聞き取れませんでした……先生には分かったんですか……?」

 

 

「ああ……」

 

 

そう言ってた……」

 

「大畑って……たしか……」

 

 そう口にした瞬間、かなめの全身に鳥肌が立つ。

 

 それは榎本さんの話に出てきた、の名字と同じだった。

 

 

「そうだ。これがただの偶然か、何か秘められた真実があるのかはまだわからない……。だが……」


 そう言って卜部は前髪をかき上げ、後頭部でその手をピタリと止める。 


「ただの偶然で片付けるにはどうも話が出来すぎている……」

 

 ダタン……ダタン……ダタン……


 卜部がそうこぼしたのと同時に、何処かから列車が線路を走る音が聞こえてきた。

 

 真夜中の構内に響くその音は、どこか異様で、じっとりとした不吉を孕んでいる。

 

「行くぞかめ!! どうやらすでにの気配を感じ取って、が来たらしい……」

 

 卜部はそう言ってポケットから古ぼけた切符を二枚取り出し、にやりと嗤った。

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