烏丸麗子の御遣い㉒
真夜中過ぎ、卜部とかなめは夜の駅構内を歩いていた。
終電を過ぎた地下鉄の構内は《シン》……と静まり返っている。
コン……コン……コン……
嫌に自分の足音が大きく聞こえてかなめの背筋がぞくりとする。
コン……コン……コン……
昼間の精彩を欠いた、延々と続く無機質な色の廊下や壁は、迷い込んだ者を捕えて離さない
コン……コン……コン……
角を曲がった途端に、迷宮に潜む怪物と出くわすのではないか……
そんな不吉な予感がゆっくりと首を
ひた……
「振り返るな。無視しろ」
卜部の低い声が聞こえ、かなめはコクコクと頷いた。
「あの駅長の言ってた話は本当だったらしい」
「何のことですか……?」
かなめが恐る恐る尋ねる。
「ここもよく出るって話だ」
目の前には突然ガラリと様式が変わった、不気味な渡り廊下が控えていた。
壁に掛けられたシュールレアリズムの奇怪な絵画達が一斉にこちらを見たような気がして、かなめはごくりと息を呑む。
「ただの虚仮威しだ。危害を加えられるような怪異じゃない。怖ければ自分のつま先でも見てろ……!!」
卜部に言われるまま、かなめは自分の足を見つめて渡り廊下に踏み込んだ。
夏の夜の蒸し暑い空気が、排水口から漏れ出る地下鉄特有の臭いをより一層強く立ち上らせていた。
渡り廊下の中程にあるガラスケースの前に来た時、溝の臭いが一段と強くなった気がした。
その時かなめは視界の端に裸足の足が立っていることに気が付いた。
割れた爪は血で汚れ、汚水で黒く汚れている。
その足はかなめの歩く速度に合わせてひたひたと斜め後ろを付いてきた。
どくどくと心臓が高鳴り、緊張で身体が固くなる。
それでも怪異を無視して、かなめは一定の速度で歩き続けた。
走ってはいけない……そんな気がした。
そんなかなめを嘲笑うかのように、その足はひたひた足音を響かせながら、とうとうかなめのすぐ隣にやって来る。
ひゅー……ひゅー……
耳元で怪異の息遣いが聞こえて、かなめは咄嗟に卜部の袖を掴んだ。
「やれやれ……結局タダ働きする羽目になるのか……」
卜部はかなめを自分の前に放り出すと、振り向きざまに怪異の顔を鷲掴みにする。
「
「お……お……お……」
怪異の女は何かを言おうと必死に口を動かしたが、コポコポと黒い水が溢れるばかりで言葉が出なかった。
「もう一度言う。汝の名を名乗れ……!!」
「あ……あ……」
「赤い靴がないのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
金切り声のような悲痛な叫びが渡り廊下に響き渡った。
黒板を爪で引っ掻くような耳障りなその声にかなめは思わず耳を覆う。
「かめ……!! 状況が変わった……!! こいつは……」
真剣な表情でそう言いかけた卜部の肩を、怪異の女はがっしりと掴み鋭い爪を突き立てた。
「先生っ……!!」
「問題ない……!! それより、こいつは恐らく行方不明になったあの女だ……!!」
「え……?」
卜部は自分の肩に爪を立てる女の怪異の両手を掴んで力の限り締め上げた。
再び耳を
「こいつが開かずの坑道に入る鍵になるはずだ……!! 俺がこいつを押さえてる隙にバッグから例の小瓶を取り出せ……!!」
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