烏丸麗子の御遣い⑲

 

 卜部は伸ばしたまま固まった腕を静かに下ろした。


 握りしめたその手は小さく震えている。


 

「予想以上の化け物が地下に潜んでいるらしい……俺の読みが甘かった……すまない……」


 卜部がつぶやくと駅長は首を横に振った。


「いいえ……私達にはどうしようもないことですので……あなたに文句を言う立場にありません……それよりも……」


 ほんの一瞬言い淀んでから駅長は言葉を続けた。


「この事故は適当な理由を付けて隠蔽されます……お二人も決して口外しないでください……」

 

「隠蔽って……それはどういう……?」

 

……別々の場所で、それぞれが、不幸な事故に遭った。です……」

 

「そんなこと出来るんですか……!? マスコミや警察だって……」

 

 かなめの言葉に駅長の表情が曇った。

 

「これ以上私からは何も言えません……くれぐれも口外なさらぬように……」

 

 駅長の冷たい目に思わずかなめの身がすくんだ。

 

「おい駅長……そんなことはどうでもいい……今夜、俺とこいつでとやらを探しに行く。もう一度さっきの二人に会わせてくれ……聞きたいことがある」


「わかりました……」


 駅長は現場にいた数名に指示を出し、卜部達のところに戻ってきた。


「お待たせしました。行きましょう」



 駅長の後ろを歩きながら、かなめは卜部に小声で尋ねた。


「先生……隠蔽とかどうとか……一体どうなってるんですか……?」


 卜部は目を細めてかなめを一瞥するとため息交じりに答える。


「烏丸先生が噛んでるような案件だからな……国守くにもりの連中が裏にいても不思議じゃない……」


「国守……?」


「ああ。詳しくは省くがの霊能者みたいなもんだ。のな……」


 最後の言葉がかなめの胸の奥に引っかかった。


 改めてとんでもない案件に青ざめていると榎本と河本が待つ部屋に戻ってきた。



 

「ああ……!! ……!! 河本さんが……!! 河本さんが……!!」

 

「腹痛先生は知らん……」

 

「今はそれどころじゃありません!! 河本さんがどうしたんですか?」

 

 かなめは卜部の言葉を遮って狼狽する榎本に問いかける。

 

「突然大暴れして……何とか取り押さえようとしたんです……でも……む、無理でした……」

 

「それで? 河本はどこに行った?」

 

 榎本は震える手で部屋の片隅に置かれた掃除用のロッカーを指差した。

 

「次は私の番だ……次は私の番なんだ……」

 

 卜部はつぶやく榎本を無視してロッカーに向かった。

 

 扉を勢いよく開くと、そこには箒とモップが立てかけてあるだけだった。

 

「堀田さんと同じ神隠し……」

 

「そうだ……恐らく行き先はだ。堀田が消えたのも同じ理屈だろう。おい!!」

 

 そう言って卜部は隅で震えている榎本を睨んだ。

 

「わかってると思うが、次はあんたの番だ。今夜俺たちがに入って元凶を探ってくる。消えたくなければ俺たちが戻るまで絶対に扉を開けるな。いいな?」


「でも……でも……私も河本さんみたいに頭が変になって……開けてしまったら……?」

 


「そうなりたくなければ、お前が隠してる話を聞かせろ……」

 

 かなめは卜部の目に宿った鈍色の光がゆらりと瞬いたのを見た。

 

 榎本は下唇を噛み締めながら震えていたが、やがて観念したようにぽつりぽつりと語り始めるのだった。

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