烏丸麗子の御遣い⑱


「毎日……ですか……?」

 

 かなめは思わず聞き返した。

 

「はい……今日で六日目になります……」

 

 駅長は相変わらず生気の無い顔色をしている。


 しかしかなめはそれも無理のない話のように思えた。


 もう五日も続けて、この駅の構内で人が飛び降り、列車に轢かれて死んでいるのだ……



「現場に連れて行け……もうすぐ時間だ……」



 それを聞いた駅長は驚いた様子で言った。



「あの……私時間の話をお伝えしましたでしょうか……?」

  


「聞かなくても分かる……三時二七分……違うか?」



 壁に掛けられた時計の秒針が大きな音を立て始めたような気がした。

 


「どうしてそれを……?」

 

「ふん……時間がない。行くぞかめ!!」

 

 卜部はそれだけ言い残して席を立った。

 

 慌ててかなめも卜部の後を追う。

 

「亀じゃないです! かなめです!! 先生どうして分かったんですか……!?」

 


「キリストが十字架の上で死んだ時刻だ」

 

「それと一体何の関係が……?」

 

「今は話してる時間がない。おい!! 駅長!! 何してる!? さっさと案内しろ!!」

 

「あっ……はい!! すぐに……」


 駅長に連れられて、卜部とかなめは駅のホームにやって来た。


 半端な時間のホームには人はほとんどいなかった。


 しかし駅員達の目は虚ろで、形容し難い緊張感が漂っている。


 この中の誰かが今日も線路に飛び込むかも知れない。そう考えれば、それは至極当然のことのように思えた。



「先生……思ったんですけど、この時間、適当に理由を付けてホームを封鎖しちゃえばいいんじゃないですか……?」

 

 かなめは卜部につぶやいた。

 


「異変に気づいてすぐに、我々もそうしました……でも無駄でした……」

 

「え……?」

 

 卜部が言葉を発するより前に、駅長は落ち窪んだ目でかなめを見ながら言った。

 

「その日は駅員が二人死にました……邪魔するなと言わんばかりに……二人……」


 かなめは言葉を失った。


 気が付くと背筋に冷たい汗が伝っている。



「ああ。こいつは簡単な霊じゃない……もっと強力なやつが背後に潜んでいる。時間だ……」



 トンネルの奥から列車の音が聞こえてくると、構内にアナウンスが鳴り響いた。


「特急列車が通過致します。黄色い線の内側までお下がりください」

 

 それを合図に、乗客たちがベンチを立ち上がる。

 

 卜部は目を細めて乗客を見渡した。

 

 すると卜部は何かに驚いたように目を見開き、走り出しながら大声で叫んだ。

 

εξελθεエクセルセ……!!」

 

 その声で乗客の数人が我に返ったように卜部の方を振り返った。

 

 しかし彼等はすぐに邪悪に口元を歪め、目を三日月のように細めて言った。

 

επιθυμειエピスメイ καταカタ……!!」


 彼等はそう言って次々と線路に飛び込んでいった。

 

 キィィイイイイイイイイイイイイイイイイイ……


 かなめの悲鳴はけたたましいブレーキ音にかき消され、壁の白いタイルは真紅に染まる。

 

 列車はしばらく進んだ先で停車し、ホームには何の感情も籠もらないアナウンスが虚しく繰り返された。

 


「ただいま構内で人身事故が発生致しました。出発までしばらくお待ち下さい……」

「ただいま構内で人身事故が発生致しました。出発までしばらくお待ち下さい……」

「ただいま構内で人身事故が発生致しました。出発までしばらくお待ち下さい……」 

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