烏丸麗子の御遣い⑰

 

「ひひひひひひひひひひひひ……!!」


「ひひひひひひひひひひひひ……!!」


「ひひひひひひひひひひひひ……!!」



 ぐるぐる目玉を回転させながら河本さんは嗤い続けました。


 やがて車両の窓をバンバンと叩く音が聞こえてきて、私は窓に目をやりました。


 そこには先程見た無数の白い人影が立っています。


 彼等は手の平で窓を叩いていました。


 まるで開けろ、出てこいとでも言わんばかりに、彼等は窓を叩いています。


 何度も……何度も……何度も……何度も……


 バンバン……バンバン……バンバン……バンバンと……


 私は気が狂いそうになるのを必死で抑えて、河本さんの肩を揺すりました。



「河本さん……!! 正気に戻ってくれ……!! 河本さん……!!」



「俺は正気だ……気が狂ってるのはあんただ……榎本さん……」



 引きつった笑顔で河本さんはそう言いました。




 そこまで話し終えると榎本えもとは大きく息を吐き出した。

 

「その後、私は気を失ってしまいました……帰って来ない私達を心配した別の職員に発見されたのは明け方になってからでした……それ以来河本さんはこの調子で……」


 榎本はちらりと河本に目をやった。


 相変わらず河本は俯いたまま震えている。

 

 よくよく見ると、その震えは恐怖からくる震えではなく、小さく嗤っていることに由来するものだと気が付き、かなめは寒気を覚えた。



 

「これは関係があるかわかりませんが……専門家の意見をお聞かせ願えればと思います……」


 駅長はおもむろにビデオテープを取り出しデッキに差し込んだ。


 そこには人のまばらなホームが映し出されていた。


 一人の女性が青いベンチから立ち上がり、ふらふらと線路へ近付いていく。



 かなめは嫌な予感がして鼓動が早まるのを感じた。



 その女性は線路に沿って敷かれた黄色い点字ブロックの上でぼーと立ちすくんでいる。


 すると線路の暗い谷から無数の白い手が伸びてきた。


 それらは我先にと激しく空を掴みながら、女性の方へと伸びていく。


 やがてその手は女性に纏わりつくと、ゆっくりゆっくりと女性を線路に引っ張っていった。



 トンネルの暗闇に何かが光る。


 

 それは不吉な金属音を伴って近付いてくる。

 

 

 大きな警笛が鳴るのと同時に女性は線路に飛び込んだ。

 

 

「きゃああああああああああああ……!!」

 

「ああああああああああああああ!!!!」



 映像から聞こえる悲鳴に合わせて、先程まで俯いていた河本が大声で叫んでいた。


「河本さん……落ち着いて……落ち着いて……」


 榎本がそんな河本の肩を掴んで椅子に座らせようとしている間も、画面には騒然とするホームが映し出され続けている。


 

「お気づきかと思いますが……これは河本が人身事故を起こした時の映像です……」

 

 駅長は停止ボタンを押して迷惑そうにつぶやいた。

 


「十中八九関係あるだろうな。何が起こっているのかはあらかた理解した」



 卜部はタバコに火を付けてから、睨むように三人の顔を見て尋ねた。




「それで? 肝心のあんたらの依頼は何だ……?」


 

 そこで駅長の顔色が変わった。

 

 よく見ると足が震えているのがわかる。

 

 

「ある日から……監視カメラにこれと同じような映像が映るようになりました……それも毎日……決まった時間に……」

 

 駅長は絞り出すようにつぶやいた。

 

「それ以来……毎日飛び込みが起こっています……」

 

 

「それはいつからだ……?」

 


 

「監視カメラに……不気味なマスクの男が映った日からです……」

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