烏丸麗子の御遣い⑮


堀田ほったさん……?」

 

 しばらくの沈黙の後に私はそう尋ねました。

 

 別人であって欲しい、思い違いであって欲しいと願いながら尋ねた私の問いかけに、河本さんはコクリと頷きました。

 

「そんな馬鹿なこと……だってもう随分前ですよ……? 堀田さんがいなくなったのは……」


 ベチン……


 そう言った時、フロントガラスに何かがぶつかる音がしました。


 見ると窓のすみに体液の跡が残っています。


 何がぶつかったんだろう……?


 その時でした。

 

「堀田さんだよ……」

 

 突然背後から声がして私はビクリと身体を震わせました。


「ほ……堀田さん!?」


 そう言って私はもう一度窓ガラスに付着した跡に目をやりました。



「だから……さっきの声……あれは絶対堀田さんだよ……あの変なアナウンス……聞き間違えるわけない……」

 

「あ……ああ。声の話ですか……すみません……てっきり窓にぶつかったのがそうかと……」


「何言ってんだよ? 窓がどうかしたの?」


「いや……大きな蛾か何かが……」


 そう言って窓のすみを指差すと、そこには何の痕跡も残っていませんでした。


「あれ……? さっき確かにここに……」




 微妙な沈黙を破って、河本さんが再び口を開きました。


「さっきの話だけど……堀田さん、調変なアナウンスしてたんだよ……次は〜めいど〜めいど〜って……」

 

 ぞくりとしました。

 

 次は冥途めいど……?

 

 さっきの蛾のことも含めて、何か奇妙で恐ろしい事が起きているように感じました。

 

「俺さ……実は……前の日に堀田さんと行ったんだよ……」

 

 河本さんは暗い表情でうつむき加減につぶやきました。


 ベチン……

 

「また蛾だ……それで? 行ったって……どこに?」

 

 横目で河本さんを盗み見ながら、私は尋ねました。





「開かずの坑道……」

 

 

「開かずの坑道!?」

 

 

 私は馴染みの無い言葉に、思わず聞き返しました。

 

榎本えもとさん知らない? 職員の間じゃ結構有名なんだけど……」

 

「何なんですか? そのって?」

 

「それがよく分かんないんだけどさ……線路の点検中に、突然現れるでっかい鉄の扉の話だよ……」

 

「あ! それなら聞いたことあります。前には無かったはずの場所に現れる扉があるって……でももう一度そこを訪ねると、今度は何も無い……ってやつですね?」

 

「そうそう……それで、俺と堀田さん……それに遭遇したんだよ……そしたら堀田さんがすげぇ怯えた様子でさ……こう言ったんだ……」


……って」


 いつの間にか、私はじっとりと汗をかいていました。


 私は手袋で汗を拭い、覚悟を決めて尋ねました。


「開いてたんですか……?」

 

「いや……俺にはわからなかったんだよ……」


 ベチン……ベチン……

 

 嫌に蛾の多い日だなと思い窓を見た私は絶句しました。

 

 そこに張り付いていたのは蛾ではなく、見たことのないほど巨大なでした……

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