烏丸麗子の御遣い⑭
「紹介状拝見しました……烏丸先生のお弟子さんなんですね……」
前を行く駅長に付いて卜部とかなめは地下鉄の構内を歩いていた。
青白い顔をしたその男には覇気がなく、見る者に陰鬱な印象を与える。
それに輪をかけるようにして、構内の様子もどこか薄気味悪いものだった。
幾度となく繰り返された増改築を経て、構内は酷くちぐはぐで何やら不安な気持ちになってくる。
茶色のタイルが寸断されてモルタルの壁に変化したり、奇妙な段差を誤魔化すために取って付けたようにスロープが現れたり……といった具合である。
近代的な造形と、高度成長期のどこか乱暴な建て付け、そして高度成長に取り残された遺物のような建築が混じり合った異様な空間。
そんなどこか得体の知れない異世界が都会の地下に広がっていた。
よく解らない現代アートの並ぶ渡り廊下を歩きながら、かなめがそんなことを考えているとおもむろに駅長が口を開いた。
「ここもね……よく出るんですよ……ついでにお祓いとかってお願いできますか……?」
「別件での依頼なら受けてもかまわんが……」
卜部がそれだけ言うと、駅長は返事とも理解らぬようなああというつぶやきを残して先に進んでいく。
職員以外立入禁止と書かれた鎖をまたぎ、薄暗い赤レンガの通路を進むと無機質な黒い扉に突き当たった。
「今は使っていない昔の駅長室です……」
そう言って駅長が扉を開くとそこにはすでに二人の駅員が待機していた。
どちらも顔を強張らせてうつむき加減に座っている。
「この二人が幽霊の目撃者です……」
顔色の悪い駅長が二人を指してボソリとつぶやいた。
「話を聞かせてもらおう」
そう言って卜部とかなめは向かいの席に腰掛けた。
「
そう言って話し始めた榎本の隣で、河本は下を向いたまま小刻みに震えている。
その様子から、どうやらただならぬ事が起きていることを察して、かなめは密かに唾を呑み込んだ。
「あれは……ちょうど五日前のことです……」
終電を終えた私達二人は、電車を車両基地に戻していました……
運転は私が担当していました。
乗客のいない気楽な運転です。
私がぼーと慣れた作業をこなしていると、車両の中に人が残っていないか確認しながら、後部車両の河本さんが運転席までやってきました。
「なあ……榎本……何か変なんだよ……」
開口一番河本さんはそう言いました。
「何がですか?」
その時の私は別に気にも留めず、何の気無しに軽い返事をしました。
「いやな……乗客は誰も乗ってないんだけどよ……俺聞いちゃったんだよ……」
ちらりと振り向くと、河本さんは眉間にシワを寄せて、なんだか居心地の悪そうな顔をしていました。
「何をです……?」
中々話さない河本さんに、私は続きを促しました。
「うーん……
堀田さんの名前が出た時、私は非常な胸騒ぎを覚えました。
堀田さんは数年前、勤務中に突然蒸発した男性の名前です。
彼は特徴的なアナウンスをする名物車掌でした。
そんな彼がある日の勤務中に、忽然と姿を消してしまったのです。
その時のことを今でも鮮明に覚えています。
中々出発しない電車に乗客達がざわつき始め、我々も異変に気が付きました。
私を含めた数名の駅員で運転席を覗きに行くと、堀田さんの姿が何処にもありません。
監視カメラにも堀田さんは映っておらず、警察の捜査も入ったのですがそれでも手掛かりさえ見つかりませんでした。
職員の間では神隠しにあったとか、借金があってヤクザに拉致されたとか色々な噂が飛び交いましたが、結局真相はわからないままです……
もう失踪して数年になるというのに、そんな堀田さんの声を、無人の車内で河本さんが聞いたと言うのです。
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