烏丸麗子の御遣い⑫


「おい……!! かめ……!! いつまでそうしてるつもりだ……!!」

 

「へ……!?」

 

 いつの間に眠っていたようだ。


 それもあろうことかである……


 自分の頭のすぐに卜部の頬が触れている。


 恥ずかしさで耳が熱くなるのと同時に血の気が引くのをかなめは感じた。


 かなめは慌てて頭を跳ね上がらせて大声を上げる。



「ななな……!! なんで先生の肩でるんですか!?」



 窓の外はすでに夜になっており、街のネオンが輝いていた。

 

 閑散としていた列車の中も、今や会社帰りのサラリーマンや学生たちでごった返している。

 


「バカタレ……!! こっちが聞きたいわ!! それに声がでかい……!!」


 数人の乗客が目を丸くしてかなめと卜部を見ていた。


「す……すみません……」


 かなめが小声でそう言うと、駅名を告げるアナウンスが響く。

 

「降りるぞ。まずはの中身を確認する……!!」

 

 卜部はそう言ってビデオテープを掲げてみせた。

 




 卜部は事務所に戻る途中、肉屋でコロッケを大量に買い込んだ。

 

 袋の中から一つを摘み上げて、歩きながらそれを齧る卜部にかなめが言う。

 

 

「歩き食いなんてお行儀が悪いです!!」


 卜部は横目でちらりとかなめを見てコロッケをちらつかせる。


「いらんのか?」

 

「いります……」


 結局かなめも歩きながらコロッケを頬張ることとなった。

 


 そうこうする内に二人は事務所のある雑居ビルにたどり着く。

 


 数日しか離れていなかったはずの事務所は妙に懐かしく感じられ、相変わらずの薄汚さにかなめはどこか安堵するのだった。

 

 

「おい!! 何ぼさっとしてる? 入るぞ!!」

 

 

 そう言ってエントランスに入ると、卜部はまるで自分の部屋にでも入るかのように守衛室に入っていった。

 


「土産だ。ここにビデオデッキがあっただろ? 貸せ!!」


 

 そう言って卜部は太った守衛にコロッケの入った袋を押し付けた。

 

 守衛は無表情のまま袋の中身を確認すると、部屋の隅で埃を被ったビデオデッキを指差した。

 

 

 監視カメラ用のモニターにデッキを繋いで、卜部は早速ビデオを再生する。

 


 映像確認用のモザイクが映し出された後、目当ての映像が唐突に始まった。



 薄暗く画素数の低い画面の中には、白いタイルの壁と暗いトンネルが映っている。


 それはどうやら、どこかの地下鉄のようだった。


 かなめがふと背後に気配を感じると、いつの間にか守衛の男も、素手でコロッケを食べながらモニターを興味深そうに覗き込んでいる。

 


 列車が訪れると、まばらに乗客の出入りがあったが、これと言っておかしいところは見受けられない。

 

 

「何も変わったところはありませんね……」

 

 かなめはちらりと卜部を見やった。

 

「さあどうかな……」

 

 卜部は画面から目を離さずに言う。

 

 

 画面には誰も居ないホームが延々と映し出されていた。

 

 かなめが油断していると、突然一人の男が画面内に姿を現した。

 

 男は辺りを確認すると、線路に向かって一直線に進んでいく。

 

 線路のを覗き込んでから、男は唐突に監視カメラの方に振り返った。

 


 その不気味な人相にかなめは思わずぎょっとした。


 長い嘴に大きな黒い目。


 男はどうやら奇妙な形のマスクをしているらしい。





「これが怪異ですか……?」


「いや……霊の気配は感じない……」



 マスクの男は突然頭を抱えると、激しく上下に頭を振り乱し始めた。



 ガリ……ザリザリザリ……



 男の動きに合わせてコマ送りのように画像が乱れ、ガリガリと耳障りなノイズが聞こえてくる。



 核心が迫り来るのを感じて、かなめの肌はぞくり……ぞくり……と粟立った。


 どくんどくんと脈打つ心臓の鼓動を感じながら取り憑かれたように画面を見ていると、突然男は動きを止めておもむろにマスクを脱ぎはじめた。



 マスクを取ったその男の顔を見て、卜部とかなめは思わず身を乗り出す。



 

「青木さん……?」


 

 かなめがぼそりとつぶやいた。

 

「間違いない……奴だ……」

 

 男は包帯に包まれた左手をすっと掲げると、ゆっくりと左右に振ってみせた。


 男はやがて糸が切れたように、だらんとその手を下ろし線路に飛び降りると、トンネルの深い闇へと姿を消してしまった。

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