烏丸麗子の御遣い②

 

 その時だった。

 

 ドアをノックする音にかなめはどきりとする。

 

「失礼します。卜部様、主様ぬしさまがお呼びです」

 

 声の主はドアの外から卜部に呼びかける。


 その声は男とも女ともつかない不思議な声だった。



「わかった……すぐ行くと伝えてくれ」

 

 卜部が感情の読み取れない平坦な声で答えると、一拍間おいて返事が返ってくる。

 



「かしこまりました。それと、、とのことです……それでは後ほど」

 

 

 声の主は要件を伝えると音もなく去っていった。

 

 

「行っちゃいましたね……?」



「気づいたか?」



「何がです?」


 かなめは首をかしげた。



「お前が目覚めたこともお見通しってことだ」



「……!!」



 それを聞いてかなめは言葉を失った。

 

「今から会うのはそういう女性ひとだ……同じ人間だと思うなよ……?」

 

 かなめは静かに頷いた。

 

 ただならぬ人に会うという緊張もあったが、それ以上に気がかりなのは卜部の様子がいつもと違う事だった。

 

 憔悴とも緊張とも違う、どこか怯えにも似た張り詰めた気配。


 微妙な沈黙が流れ、かなめが口を開きかけたその時、卜部が先に言葉を発した。

 

 

「ま、お前は何も心配するな……黙って突っ立ってればいい。準備が出来たら行くぞ」

 

「準備って何かあるんですか?」

 

「……ドレスコードがいる……」

 

「え……?」

 

「そこのキャビネットに服が入ってるはずだ……」


 卜部は部屋の隅に置かれた重厚な衣装箪笥を指差した。



「いやいやいや……!! 無理です!! わたしそんな服着たことありませんよ!?」


 かなめは顔の前で手をぶんぶん振り回して言う。


「服なんて手と足を袖に通すだけだろ?」


「違いますー! 女の子の服には着こなしっていうものがあるんですー!!」


 腰に手を当て頬を膨らませるかなめに、卜部は目を細めて対抗する。



「適当でかまわん……」



「それじゃドレスコードの意味ないじゃないですか!! 本末転倒です!!」



 ぼそりと言った卜部にかなめが異を唱えた。

 

 にらみあいの末、卜部はおもむろに立ち上がりキャビネットを開く。

 

「ほれ……!! 着れそうなやつを選べ!!」

 

 見ると和服や洋服はもちろんのこと、チャイナ服やベトナムのアオザイに至るまで、中には様々なドレスコードが用意されていた。

 

「わぁ……綺麗……じゃなかった……!! だから着たことないんですってば!!」

 

 普段は着ることのない美しい衣装に、図らずもときめいてしまったかなめは慌てて顔を振って否定する。

 


「なら俺が選んでやる……!!」

 

 卜部は横目でかなめを睨んでから掛けられた服に手を伸ばす。

 

 止めようかとも思ったが、かなめは卜部が何を選ぶのか気になって黙って見ていることにした。

 


「和装やドレスはパスだ……ややこしい……となるとこのあたりか……? こんな服は袖を通して適当に紐で縛れば大体合ってるだろ……」


 

 ぶつぶつとつぶやきながら卜部は一着を取り出してかなめの所に戻ってきた。


 

「これならだ……!! 俺も隣の部屋で着替えてくるからお前も着替えておけ!! 以上……!!」


 

 そう言って卜部はどすどすと出口に向かっていった。


 その後姿はいつもの不機嫌で不遜な卜部に戻っていた。


 

 かなめはそんな卜部の背中に向かって声をかける。

 

「先生……!!」


 

 じろりと振り返った卜部にかなめが言う。


 

「約束覚えてますか?」


 

「何の話だ?」


 

 くるりと向き直った卜部にかなめは親指を立てて言った。


 

「困ったことになったらわたしが先生の師匠にびしっと言う約束です!! だから大丈夫です!!」

 

 

 卜部がほんの一瞬口元を緩めた気がした。

 

 しかしすぐさまいつもの仏頂面に戻って卜部は言う。

 

「やかましい!! さっさと着替えておけよ!?」

 

 そう言い残すと卜部は部屋を出て行った。

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