都市伝説創り

烏丸麗子の御遣い①


 おぎゃあ……おぎゃあ…… 


 どこかから赤ん坊の泣き声が聞こえた。


 

 生ぬるい感触が太腿を伝う。


 

 おぎゃあ……おぎゃあ……

 

 その声がなぜかとても忌まわしいもののように思えてかなめは耳を塞ごうとする。しかし身体が動かない。

 


 生ぬるい感触が左の肩を伝う。


 

「かなめ!! かなめ!!」

 

 声が聞こえてかなめの首から上が自由になった。


 どうやら自分はベッドに横になっているらしい。

 

「おい!! かなめ!! よくやったな……!!」

 

 首を声の方に傾け目を開くと、暗い部屋の中、見たことのないほど嬉しそうな顔をした卜部の姿があった。

 

「先生……?」


「よくやった……頑張ったな……」


「わたし……どうなったんですか……?」



 左の肩に生ぬるい感触が伝う。



 かなめは首だけ動かして右に目をやった。

 

 そこには品の良さそうな白髪の女性が座っていた。

 

 その女性はにっこり微笑むと、かなめの目を見つめたまま露わになったかなめの左肩を

 

 べっとりとした唾液を絡めながら、何度も、何度も、かなめの左肩を白髪の老婆が舐めあげる。

 

 全身に悪寒が走りかなめは卜部の方を向き直った。

 

「先生……!! ひっ……」


 そこには鹿の胎児を大事そうに抱えて満面の笑みを浮かべる卜部の姿があった。


 卜部は目を輝かせてかなめに言う。


「俺たちの子供だ……!! 大切に育てよう……!!」


 鹿の胎児はだらりと舌を垂れ下がらせて濁った目でかなめを見つめて言った。


……!!」


「ひぃいいいいい……」


 かなめは咄嗟に自分の下半身に目をやった。


 身体にかけられた白いシーツの、ちょうどの部分が真っ赤な血に染まっていた。



「きゃあああああああああああああああああ……!!」


 

「どうした!! かなめ!!」

 

 見ると卜部がにやにやと笑いながらこちらを見ている。


 腕に抱いた鹿の胎児も邪悪に目と口を歪めていた。


 白髪の老婆も笑いながらかなめの名を呼んでいる。



 いつしか辺りは大勢の呼び声と嗤い声とに包まれていた。



 かなめ……!! かなめ……!! かなめ……!! かなめ……!!

 

 かなめ……!! かなめ……!! かなめ……!!

 

 かなめ……!! かなめ……!!


 かなめ……!!


 


「嫌……!! 嫌だ……!! 嫌ああぁぁぁああああ……!!」



 

「おい……!! ……!! !?」

 

「先……生……?」


 かなめは恐る恐る目を開いた。


 心臓が飛び出しそうなほど激しく鼓動している。 




「そうだ……!! 俺だ……!! わかるか!? 気が付いてよかった……お前はかれこれも眠り続けてたんだ……」

 


 そこには見たことのないような安堵の表情を浮かべる卜部の姿があった。

 

「ずっと……付いててくれたんですか……?」

 

「バカタレ……当たり前だ……」

 

 卜部はそう言うとバツ悪そうに窓の外に目をやった。


 かなめも自分の耳が熱くなるのを感じて慌てて窓の方を見た。


 美しい木枠の窓には清潔な白いカーテンがかけられ、外に生えた木々の隙間を縫って、優しい木漏れ日が部屋の中にまで差し込んでいる。

 


「先生……ここ、どこですか……?」

 

 かなめは卜部に尋ねた。

 

 すると卜部の表情に一瞬だけ影が差すのがわかった。

 

 卜部は窓の外を見つめたままぼそりとつぶやく。

 

 

「俺の師匠の館だ……」

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