袴田教授の依頼60
「約束通り経過を見に来たよ。実に素晴らしい!! 流石は腹痛先生……!!」
青木は三度手を叩いて妖しく嗤ってみせた。
その姿からは以前の青木が持っていた気弱さは微塵も感じられない。
卜部はそんな青木を無視して袴田を睨みつけ言った。
「どういうことだ袴田……貴様もグルか……?」
その問かけに袴田はひひひと引き笑いを浮かべる。
「いいや……グルじゃない。ただ私は何としても死ぬわけにはいかないだけだ。そしてここの研究成果を持ち帰らなければならない……どんな手を使っても……!!」
「そいつが何者か解ってるのか……? 貴様を捕らえて兵隊に引き渡し、顔を剥いだ男だぞ……?」
その言葉に袴田の目が揺らいだ。
顔を失い表情を失ってもなお、目だけは心中を雄弁に映し出す。
「よしたまえ……!! 済んだことだ。水に流す約束だろう?」
青木はそう言って袴田の肩に手を回した。
「ああ……その通りだ。私にとってこんなことは些末な問題に過ぎん……」
袴田は自分の顔を指差してそう言った。
「私には目的がある……!!」
そう宣言する袴田の目には不吉な光が宿っていた。
「なら貴様を助けてやる筋合いは無い……!!」
卜部は目に暗い闇を灯すと青木に視線を移し、右手の二指を向けて叫んだ。
「
一の声に応えるように小屋の窓が震え、ばりばりと音を立てる。
「
二の声と共に卜部は伸ばした二指を下方に振り下ろした。
小屋の中に静寂が戻り、ぽたりと床に汗の雫が滴り落ちた。
「貴様……何者だ……?」
絞り出すように言った卜部の視線の先で、青木は不敵な笑みを浮かべている。
「君ほどの魔術士にそれを教えるのは自殺行為だと、そちらのお嬢さんにもお伝えしたんだがね?」
そう言って青木は首をすくめた。
「……なるほど……この國の者ではないということか……」
卜部の言葉に青木の顔が強張った。
「これならどうだ……?
「やめろ……」
「
「それ以上喋るな……!!」
青木は目に見えて狼狽していた。
「
「
卜部が最後の一説を唱えよる寸前に、青木は口汚く何かを吐き捨て、ポケットに手を伸ばした。
「
卜部が叫ぶと青木の皮膚がぶくぶくと泡立ち、無数の蝿が皮膚を突き破って姿を顕した。
蝿は皮下を動き回り、適当な場所で顔を出しては、また皮下に潜り込んでいく。
卜部を睨みつける青木の目からも、蝿はもぞもぞと這い出し、再び瞼に潜り込む。
「ここは引かせてもらう……」
そう言って青木は袴田に注射器を突き刺した。
「ぐぅ……!! 貴様……!! また裏切るのか……!?」
「君の欲しがっていた研究成果だよ。礼には及ばない……!!」
そう言って青木は袴田を突き飛ばした。
「彼をよろしく頼む……!!
青木は卜部とかなめに敬礼すると、そう言い残して小屋から駆け出していった。
「行くぞ……今は奴に構ってる余裕はない……!!」
かなめが卜部の背中から見下ろすと、青木が撒き散らした無数の蝿は新たな宿主を求めるように、床にうずくまる袴田に群がり始めていた。
「ぐぅうううう……!! ううううぅうううう……!! 熱い……!! 身体が熱いぃいいぃ……」
床をのたうち回る袴田を一瞥し卜部は出口に向かった。
急に足に重さを感じ目をやると、踏み出す足を袴田が掴んでいる。
「頼む……助けてくれ……私はまだ死ねない……!!」
「自業自得だ……諦めろ」
卜部は冷たい目で袴田を見据えて言った。
「ならば……私のことはいい……!! 貸金庫の中に私の妻が眠っている……!! 彼女を救ってくれ……!!」
「この注射を打てば……!! 彼女は再び目覚めるはずなんだ……!! 頼む……!! そして彼女に伝えてくれ……!! 化け物の姿になったとしても、必ず会いに行くと……!!」
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