袴田教授の依頼57
袴田は卜部からもらったタバコを二度ほど深く吸い込むと、積まれた藁の山まで這っていってタバコの火をそこに置いた。
細い息を吹きかけていくと、小さな火種はやがて揺らめく炎へと姿を変える。
立ち昇る白い煙を見上げながら、袴田は薄っすらと口元に笑みを浮かべて畑の中に戻っていった。
そんな中、卜部は盆地の中央付近に位置する通信舎へ向かって慎重に歩みを進めていた。
盆地の外れでは倉本が草はらに身を潜めながらうまく兵隊達の注意を逸らしている。
どうやら事は上手く運んでいるらしかった。
通信舎まであと数百メートルという時に突然後方で大声が上がった。
「火事だぞぉおおお!! 畑で火の手が上がった!!」
その声で卜部が振り返ると袴田が潜んでいると思われる畑の方で、確かに炎と共に轟々と黒い煙が上がっていた。
「袴田め……一体何をしてる……?」
卜部は悪態をつくとかなめを背負い直して言った。
「嫌な予感がする……少し急ぐぞ……!!」
「はい……先生……すみません……迷惑かけて……」
「無駄口叩く体力があるなら、しっかり掴まってろ!!」
「自分が自分じゃないみたいなんです……すごくお腹が空きました……」
「帰ったら蕎麦に連れて行ってやる……!! 袴田を連れ帰って高額請求を叩きつけたら寿司もたらふく食わせてやる……!!」
「わたし……お肉が食べたいです……血の滴るレアのステーキが食べたい……」
「ああ……帰って呪いを解いたらな……!! もうすぐ小屋に着く……!! 踏ん張れ……!!」
小屋まで残り五〇〇メートルほどだろうか……
「両親が血まみれのテントの中で寝転んで手招きしてます……」
「……」
「綺麗な赤……光ってるみたい……」
「かなめ……!! しっかりしろ……!! 馬鹿なこと考えるな……!!」
「すみません……お腹が空いて……」
「我慢しろ……!!」
「でも……ああ……蝿に食べられちゃう……」
「蝿の食べ物は蝿にくれてやれ……!! お前は何者だ!?」
「わたしは……先生の助手です……」
残り三〇〇メートル。
「そうだ……!! 拾い食いは許さん……!!」
「はい……先生……?」
「なんだ?」
「お皿に乗ってたら拾い食いじゃありませんよね……?」
残り一〇〇メートル。
「蝿に食べられる前に食べないと……蝿に食べられちゃう……」
「ママとパパがせっかく用意してくれたキャンプのご馳走ですよ……?」
「オンコロコロ……」
卜部は片方の手刀を唇に当てて真言を唱え始めた。
「思い出の味なんです……」
かなめは震える声でつぶやく。
「センダマリトウギ……」
「大事な思い出の……」
「ソワカ……!!」
かなめははっと我に返った。
思い出の味……
焚き火で炙ったマシュマロを思い出す。
思い出のにおい。
テントと寝袋のにおいが蘇る。
同時に頬に涙が伝った。
「先生……わたし……わたし……先生を忘れて別の何かになるくらいなら……」
「黙れ……!! それ以上喋るな……!!」
卜部はぜぇぜぇと肩で息をしながら額の汗を拭った。
「着いたぞ……!! よく耐えた。ケリをつけて帰るぞ……!! かめ……!!」
「ぐすん……ぐすん……亀じゃあ゛りまぜん……がな゛め゛です……!!」
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