袴田教授の依頼56



 卜部の問いかけに頷いた袴田はかすれた声を絞り出す。 


「あ、あんたは……?」

 

「俺は邪祓師の卜部だ。あんたに成りすました新井から、を探しだすように依頼された……どうやらこの案件は前提条件からすでに間違っていたようだ……」



「あ……あれは……新井……じゃない……」

 

 袴田は瞼の無い剥き出しになった目をさらに見開き卜部を見つめた。

 

「思えば……ここの情報を……持ってきた時から……あれは新井じゃなかった……」

 

「詳しい話は後で聞く……!! それより今はすることがある……!! 張さん聞こえてるか!?」

 

「あ……聞こえ……る」

 

「今から言うものを大至急用意してくれ……!! 二〇分後に掛け直す……」

 

 


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なにぃ……!? 何だってそんな物が!?」

 

「質問……後だ……!! た……むぞ……!!」

 

「おい!? 卜部!? 卜部ぇえええ!? あっの野郎ぉ!! 一方的に切りやがった!!」

 

 泉谷は端末をポケットに仕舞い若い刑事の方を振り向いて言った。

 

「おい!! 今か言う音声データ、お得意のでぱぱっと見繕ってくれ!!」

 

「はぁ……」

 

 若い刑事は意味が分からないといった様子で覇気の無い返事をした。


 その態度に泉谷の怒声が飛ぶ。 


「おい!! 人命が掛かってんだぞ!? しゃきっとしろ!! しゃきっと!!」

 

 泉谷の喝で男は慌ててパソコンに向かうとカタカタとキーボードを叩き始めた。

 

 


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「通信兵の兵舎に案内してくれ……!!」

 

 電話をしまい卜部は倉本に言う。

 

 倉本が黙って頷き駆け出そうとした時、地下からズシンと地響きが伝わってきた。



「中村……」



 倉本は地下への入口に振り返ると沈痛な面持ちで力強く敬礼した。


「行こう……こっちだ……!! あいつとの約束を守らねぇと……」



 

 工場を抜け出し死体の埋まった農場に差し掛かかったころ、卜部は倉本を呼び止めた。

 

「待て……ここから先は煙幕の効果が切れてる……」


「どういう意味だよ……!?」


 倉本が振り向きながら尋ねた。




「この先は奴らにもこちらの姿が見える……!! どこか隠れて進める抜け道はないか?」


「無茶言わねぇでくれよ……見ての通り建物が何戸かあるだけで、あとはなんもないただの盆地だ……!! 隠れて進める道なんかねぇぞ……!?」

 

 袴田を背負い、汗でずぶ濡れになった倉本が苛立った様子で言う。

 

「なら仕方ない……目的の建物はどれだ? 強行突破する……」

 

「強行突破って……馬鹿言うな!! 佐々木中将は多分機関銃持って来っぞ!? そんなことしたら蜂の巣にされる!!」


 その言葉に下唇を噛み締めた卜部の頬にも大量の汗が流れていた。


 焦燥感とは裏腹にあたりには兵隊達の気配が色濃くなっていく。



「せめて……この重病人を背負ってなきゃ……俺が囮になって……」

 

 倉本が小声でつぶやくと袴田が口を開いた。

 

「私を置いていけ……ここに隠れている……あんた……何か策があるんだろ……? このままでは……どのみち全滅する……」

 

卜部は静かに頷いた。


「ああ……盆地全体に声を届けることが出来れば奴らを一掃できるはずだ……」

 

「わかった……なら…後で迎えに来てくれ……信じてるぞ……?」


 袴田はギラつく目で卜部を見据え、卜部の襟元を掴んで言った。


「いいだろう……」


 それを聞いた袴田は掴んだ手を解く。


 倉本はそれを確認すると、袴田を畑の中に下ろして言った。


「俺が囮になって皆をおびき寄せる……!! あんたはその隙にあそこへ向かえ……!!」


 倉本の指さした先には木で組まれた鉄塔のような物が見えた。


 塔からは電線が伸びており、線は木でできた電柱に繋がっている。



「あの下に通信兵の兵舎がある……!! そこに放送用の機械もあっからそれ使え……!! うまくやれよ……」



 そう言うと倉本は銃剣を抱えて塔とは反対の方向へと走っていった。



「もうちょっとの辛抱だ……!! 踏ん張れ……!!」

 

 そう言って出発しようとする卜部を袴田が呼び止める。


「待て……一本くれ……怖くて落ち着かない……」


 卜部は立ち止まるとタバコを手渡した。


「恩に着るよ……」


 紫煙を吐き出しながら顔の無い袴田がにぃと嗤う。


 

 

 卜部の背中が見えなくなった頃、袴田は静かに独りごちていた。

 

「私はまだ死ぬわけにはいかない……絶対に……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る