袴田教授の依頼52
「こいつの命がどうなってもいいのか……?」
卜部は佐々木を睨んで言った。
「スパイを逃がすくらいなら佐々木中将は私を殺すよ……」
正木がにやにやと嗤いながら答える。
「そういうことだ……!! 立てい……!!」
卜部は正木から手を離し緩慢な動作でゆっくりと立ち上がった。
「グズグズするなあぁぁぁぁ……!!」
一人の兵隊が走りより、銃剣の柄で卜部の頭を殴りつけた。
額に血を流しながら卜部はその兵隊を睨みつける。
その眼を前にして兵隊はにわかにたじろいだ。
「佐々木中将!! 女は丁寧に扱ってくれたまえ!! すでに呪胎告知を受けておる……!!」
理解が追いつかない表情の兵隊達とは異なり、佐々木はただ黙って頷いた。
「男の方も非常に優秀だ!! 出来れば使い物にならんような仕打ちは控えてもらいたいものだが……」
正木は卜部を見据えてにたにたと嗤う。
「私への度を越した無礼の罰はたっぷりと受けてもらおう……!! なに……君ならこれしきで死ぬことはないだろう……? ん?」
そう言って正木は白衣から薬瓶を取り出し注射器に中身を移した。
針先から空気と同時に黄ばんだ血清が飛沫を吹き出す。
「君達!! しっかり押さえていたまえ!!」
兵隊達が卜部を取り押さえた。
「くっ……」
「痛みは無い。ただ女と違って男の変化は劇的だ……!!」
卜部は兵隊に袖を捲り上げられた。
「ちっ……」
舌打ちした卜部が握った拳を開こうとした時だった。
「これでも喰らえ……!!」
かなめはそう言って正木に薬瓶を投げつけた。
薬瓶は中身を飛び散らせながら正木の顔をかすめ、兵隊達の輪の中に落ちて砕け散った。
「ふふふ……残念だったね……まさかみどり剤をクスねていたとは……ぐぅううううう!?」
痛みに顔を歪めながら、正木は顔に付いた液体を拭って臭いを嗅いだ。
「こ、これは……みどり剤じゃない……!? まさか……きい剤を投げたのか……!?」
飛び散った薬剤に触れた兵隊達は皆痛みにもがき叫び声を上げ始めた。
「あがががががっががが……!! い、痛いぃいい……!!」
「目が……目が……あああああああああ」
卜部を掴んでいた兵隊の一人も、頬に付着したきい剤の痛みに悶えていた。
最初は歯を食いしばって耐えていたが、やがて脂汗を流しだし、終いには卜部の手を離して地面をのたうち回った。
刹那、卜部はもう片方の兵隊の腕を振り解き、兵隊の顔面を強打した。
「さっきの礼だ!! かめ!! タバコ……!!」
「は、はい……!!」
かなめは卜部の意図を理解し、慌ててタバコに火を点けた。
その瞬間卜部は握っていた拳を解いて宣言する。
「自らの撒いた業の報いを受けるがいい……解印」
卜部とかなめの姿が煙の中にすぅと溶けていく。
それと同時に、部屋の奥からは異形の兵隊達が唾を撒き散らしながら大声を上げて飛び出してきた。
「退避……!! 退避ぃいいいいいい……!!」
佐々木は大声で叫ぶなり、混沌と化した地下室から逃げるようにして退避を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます