袴田教授の依頼51

 

「言いたいことはそれだけか……?」

 

 卜部はそうつぶやくなり重たい鉄の扉に手を伸ばした。

 

「ひひひひ!! 気でも狂ったか!? この扉を素手でどうこう出来るわけが……?! ひっ……?!」

 

 卜部の手はズブズブと鉄の扉をすり抜けて正木の首を掴んでいた。

 

「な……!? 馬鹿な……!! 何だこれは……!?」

 

 苦しそうにうめき声を上げる正木を卜部は部屋に引きずり込んで床に組み伏せた。

 

「そうか……実体がないんだ……」

 

 かなめは先程卜部が壁の切れ目をこじ開けた場面を思い出した。

 

だな……!!」

 

 卜部は正木を掴む手と反対の手の指を二本、異形の兵隊達に向けて言った。

 

を元に戻す方法を言え……!! さもなくば彼等を縛っている呪縛を断って貴様を襲わせる……!!」

 

「ふん……!! そんなこと貴様に出来るわけが……」

 

「ナウマクサマンダボダナン……バク……」

 


 卜部は大声で叫ぶやいなや、左手の手刀で空を切るような動きを見せた。

 

 すると先程まで微動だにしなかった兵隊達が堰を切ったように呻き、頭を抱え、涙を流して咆哮を上げる。

 

ばく……!!」

 

 卜部は最後の煙幕弾を投げると同時に大声で叫び、開いた手を握るような動作をした。

 

 すると兵隊達は煙に縛られて再び動かなくなった。

 

「これでわかったか……? 次は脅しじゃない。もとに戻す方法を言うんだ……!!」

 

 かなめは卜部の左手が小刻みに震えていることに気が付いた。

 

 握った拳からはやがて血が滴り始める。

 

 無理して縛ってるんだ……

 

 かなめはそのことに気が付いて卜部に目をやった。

 

 卜部はそんなかなめを一瞥すると何も言わずに正木に視線を戻した。

 

「い……」

 

 正木が口を開いた。

 

「大きな声で言え!!」


 卜部は正木の首を掴む手に力を込めた。 


「も……もとに戻す方法は無い……!!」

 

「なんだと……?」


「貴様が言った通りだ……上層部から不死身の兵隊を造り上げろと命令があった……ガダルカナル島を撤退し敗戦色濃い海軍を出し抜く好機と見た陸軍上層部はの育成を私に命じた……」


「黄泉の国に下ってなお、千五百もの黄泉軍よもついくさを率いた伊邪那美命いざなみのみことにちなんで……我々の部隊は一三七三部隊と命名された……」



「軍の特権を行使し、各地の呪物や宝具……古文書の類をかき集め、私はかねてから研究していた医学との融合を試みた。そして偶然生まれたのが……」


「呪胎一号……」


 卜部は吐き捨てるようにつぶやいた。


「そのとおりだ……奴は毒物に強い耐性を持った男だった……様々な呪物や毒を体内に注入しある日を境に肉体にも大きな変化が現れた……!!」


「私はひらめいた!! 奴の子を、安定的に優秀な耐性と呪詛を受け継いだ次世代を作り出すことが可能だと!!」

 

「しかし皮肉なことに、度重なる投薬によって奴の子種はすでに死滅していた……」

 

「そこで私は奴の血液から遺伝情報を直接第三者に注入する技術の研究へと方針を切り替えた……!! そして出来たのがだ……」

 

「呪孕血清は血液中に入ると、母体の血液を食い荒らし呪血じゅけつが増殖するという驚くべき性質を持っていた。まるであの男の生きようとする執念がそうさせるかのように……!!」

 

「呪孕血清を男に打てば異形の兵隊へ姿を変え、女に打てば異形を産む母体となる……!!」


 そこまで話すと、先程までひひひひひと不気味にせせら笑っていた正木の表情が突然曇った。


「しかし大きな問題にぶつかった。呪孕血清は副作用が強く、大抵の者は拒絶反応で死んでしまう……私は頭を抱えた。成功率は一パーセントを下回っていた……そこにが現れた……」


「彼だと……?」


 訝しがる卜部に向かい正木は目を見開いて満面の笑みを浮かべた。


 剥き出しになった黄ばんだ歯には、涎がねっとりと糸を引いている。


「偉大なる科学の徒だ……!! 突然現れた彼の助言で実験は大きく進展した……!!」

 

「研究資料は彼に託した……!! もう私の手元にはない……!! 残念だったな…………!!」

 


「貴様……それをどこで……?」



 卜部が驚愕していると、鉄の扉が乱暴に開かれた。 



「貴様ら動くな……!!」

 

 そこには銃剣を携えた兵隊達を引き連れた佐々木が立っていた。

 

「正木大尉無事か?」

 

 正木はにたりと嗤い卜部に言った。

 

「またまただね……?」

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