袴田教授の依頼53
「
地上へ続く階段の上に陣取った佐々木の部隊は前後二列になって銃剣を構え迫りくる異形達に向けて発砲した。
地上へ這い上がろうとする異形達は、逃げ場の無い階段で次々と肉塊に変わっていく。
それでも目の前にいる憎き上官を討つべく、自分達をこのような姿に貶めた者を引きずり下ろすべく、異形達の前進は止まらない。
いつしか階段の床も壁も、血と肉片と内蔵に汚れ、辺りは血なまぐさい戦場の臭いに包まれていった。
やがて飛び散った肉片は再び黒い塵となり、ぶぶぶぶぶぶ……と低い唸りを上げながら飛散して、遺灰のような陽光と青黒い空に囚われた。
戦争に呑まれ、憎しみに囚われ、恐怖に縛られた魂は、永劫この盆地から逃れられない。
彼等の魂は、より一層憎しみと恐怖を膨らませ、さらなる呪詛と呪怨を滴らせ、重く重く盆地の底に溜まっていく。
全ての異形達が黒い塵に成り果てると、佐々木はぜぇぜぇと肩で息をしながら命令を下した。
「負傷したものを研究棟へ運べ……体制を立て直してから今度こそスパイを殺す……」
「し、しかし中将殿……あのスパイ……先程も突然姿が消えて……あれも化け物の仲間ではないでしょうか……?」
おずおずと進言した兵隊を佐々木は張り倒した。
「貴様あぁっぁぁぁあっ!! それでも一三七三部隊の隊員かぁぁあああ!? 化け物を殺せてこその一三七三部隊である……!! 我々は……天皇陛下の御ために……必ずやスパイを見つけ出し……奴を抹殺せねばならん……!! もし出来ぬなら……その時は自決だ……」
大きく見開いた双眸に狂気を滾らせて佐々木は兵隊達の顔を見渡した。
「勇敢に戦い死んだ英霊は……!! 永遠に……!! 天皇陛下とともにあるのだ……!! しかしここで……!! 逃げ出すような非国民の魂は地獄に堕ちる……!!」
ある種の異様な高揚感を誘う佐々木の怒声が響いた。
兵隊達は直立不動で息を飲みながら、その様子を見守っている。
「貴様たちの持つこの手榴弾は……!! いたずらに炸裂することは決して無い……!! それが炸裂する時はすなわち……!! 一撃必中のもとに敵を葬る時……!! 或いは……!! 潔く玉砕し、天皇陛下の御本に帰るその時だけだ……!!」
「天皇陛下ぁぁぁああああ!!」
「万歳!!」
「万歳!!」
「ばんざぁぁぁぁああああい……!!」
「よろしい……!! 敵国スパイを殲滅するための準備……かかれ!!」
「はぁっ……!!」
その時散開する兵隊の一人が周囲の目を盗んで地下への扉に潜り込んだ。
男は音を立てぬよう慎重に進み、奥の部屋に忍び込むと、椅子に拘束された若い兵隊の前に屈み込んだ。
「おい……!! おい……!! しっかりしろ……!!」
「く……倉本か……?」
「そうだ……!! 倉本だ……!! 今外してやっからな……!!」
「お、大田は死んじまったのか……?」
「ぐうぅ……お、大田は……化け物になっちまってて……う、撃たねぇとこっちが殺られちまうとこだった……すまん……すまん……赦してつかぁせ……赦してつかぁせ……」
倉本はすすり泣きながら、兵隊の拘束を解こうと皮のベルトに手をかけた。
「や、やめろ!! それに触んな……!!」
「馬鹿野郎……!! おめぇまで見捨てられっか……!!」
倉本の言葉に若い兵隊が首を横に振った。
「俺も注射打たれた……もうすぐ化け物になる……」
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