袴田教授の依頼㊽
研究棟の勝手口から中に入った卜部とかなめは薬瓶の並ぶ棚に隠れながら中腰で地下への入口を探す。
かなめが見上げると遮光瓶に貼られたラベルにはみどり剤と書かれていた。
「クロロアセトフェノン……催涙ガスの一種だ」
卜部はそう言って瓶の一つを掴むとポケットに仕舞う。
「これは使える……」
そう言って微笑する卜部にかなめはぞくりとした。
「時々思うんですけど……先生って何者ですか……?」
「ただの邪祓師だ。行くぞ」
二人が廊下に出ようとしたちょうどその時、扉が勢いよく開き白衣の男が入ってきた。
「何事かね!?」
男は大声で尋ねた。
研究員の一人が慌てて駆けつけ報告する。
「正木大尉!! どうやら敵襲にあったようです……!! 窓が割られ煙幕のような物が投げ込まれました……!!」
「ふむ。ただちに研究資料を破棄しなさい。佐々木中将は?」
「すでに事態を把握して侵入者の捜索を開始しておられます……!! なんでも……《例の丸太》がスパイだとかで……」
「うーむ!! 佐々木中将の行動力には他の追従を許さぬ光るところがあるが……いかんせん早計なところが困ったものだな……!!」
正木は首をかしげながら頭を掻きむしって言った。
「こうしてはおれん……!! あの丸太を勝手に殺されては困る!! 私は直ちに地下に向かうから、この場は任せたよ……?」
そう言って振り返った正木の前に卜部が立ちはだかった。
正木が言葉を発するよりも先に、卜部は腹部に強烈な膝蹴りを見舞うと、背後から羽交い締めにしてナイフを喉元にあてる。
「何も言うな。地下に案内しろ。それと研究員たちを隅に……」
「君達行け……彼の言う通りに……」
正木は手の甲で研究員達に隅に集まるよう指示を出した。
「ご苦労」
卜部はそう言うと先程のみどり剤を研究員達に向かって投げつけた。
揮発した液体が研究員達を覆うと、彼等はくしゃみと咳で息も絶え絶えの状態になった。
やがてたまりかねた研究員達は涙を流しながら次々と建物の外へ逃げ出していく。
卜部は正木を連れて廊下に出ると、二つ目の煙幕弾を放り投げた。
「私の研究が狙いかね……?」
「そうだ。呪胎一号の研究資料を渡してもらう」
「どこでその名を……?」
正木は目を見開き、額に冷や汗を浮かべてつぶやいた。
「本人に聞いたまでだ。地下への入口はどこにある?」
「その先だよ……」
苦々しい表情の正木が顎で指した先に、丸い鉄の扉があった。
件の丸い扉は三つの扇形で出来ており、それぞれに見慣れぬ文字が一つずつ書かれていた。
「ז、ג、א」
「なるほど……七三一部隊にちなんだわけか……」
その言葉に正木の顔が青ざめた。
「わ、解るのか……!?」
卜部は正木を無視してつぶやく。
「ザイン……ギメル……アレフ」
するとその声に呼応するかのように、重たい鉄の扉がギコギコと音を立てて回転した。
文字盤がズレてもう一つの文字が姿を表す。
それを見た卜部が再びつぶやいた。
「ギメルがもう一つ……一三七三……イザナミか……?」
ガコン……
重たい鉄の扉が開き、地下への入口が露わになった。
ぽっかりと空いたその穴は、まるで獲物を呑み込まんとする口のようだった。
空気が地下へと吸い込まれ、不気味な風切音があたりに響く。
「いやはや……お見事……まさかあの文字が読めるだけでなく、暗号まで瞬時に解読するとは……」
正木は引きつった笑みを浮かべて卜部を観察している。
「君には資格がる……!! 私としても知性のある者は大歓迎だよ……!! さぁ……中に入りたまえ……」
気味の悪いにやけ顔でそう言う正木を見て、かなめは言いしれぬ嫌悪感と不安を抱くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます