袴田教授の依頼㊼
「かめ」
「かなめです」
物陰に身を潜めて建物を見ながら卜部が言った。
「袴田の話から推測するに例の扉は一階のどこかにある。俺たちの目指す場所はそこだ……入口は正面扉ではなく奥に見えるアレだ……」
かなめは黙って頷いた。
「おそらく中には兵隊や作業員がわんさかいる。今から俺はこいつを使って中の連中の注意を引き付ける」
そう言って卜部は紙袋から見慣れぬ缶を三つ取り出した。
どことなく手榴弾に似たその缶を見てかなめは絶句する。
「こ……これ!? 手榴弾ですか!? まさか李偉さんからもらったものって……」
「馬鹿者……!! そんな物騒な物が簡単に手に入ってたまるか!! まぁ奴なら手に入れるだろうが……これは
「煙幕弾……」
かなめはじっと缶を見つめてつぶやいた。
「俺がこいつに霊気を込めて奴らを撹乱する。渡してあったタバコを出せ」
かなめはポケットからタバコの箱を取り出した。
「それに火を点けて煙を絶やさないようにしろ。煙幕の煙に紛れて奴らから姿を隠すことが出来る……!!」
「なるほど……」
「俺が合図したら火を点けて付いて来い……質問は?」
かなめは首を横に振りタバコを咥えて準備した。
卜部は物陰から出ると、姿勢を低くして建物に近付いていく。
煙幕弾を握った卜部は細く息を吐きながら自身の霊気を中に込めると、建物の窓を叩き割りすかさず煙幕弾を投げ込んだ。
「何だ!? この煙は!?」
「火事か!?」
「警報を鳴らせ!!」
中から慌ただしく叫ぶ声が聞こえてくる。
卜部はかなめの方を振り返り来るように手で合図した。
かなめは咥えたタバコに火を点けると卜部の元へと駆け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジリリリリリリリリリリリリリ
けたたましい警報音が鳴り響き正木は手を止めると、若い兵隊に向かって笑いかけた。
「続きは後にしよう。上で何事か問題が発生したようだ……」
椅子に皮のベルトで固定され、
「おやおや。そんなに早く続きがしたいのかね? なに!! 慌てることはない。すぐに戻ってくるよ……」
にたりと嗤う正木に向かって、若い兵隊は一層激しく首を振る。
「君もすぐ、仲間たちと同じ立派な戦士に生まれ変わる!! そうなれば!! 一騎当千の我が
正木は熱の籠もった演説を終えて、ハァハァと荒い息を吐きながら若い兵隊に顔を近づけた。
生暖かい口臭が若い兵隊の顔にかかる。
何よりも狂気に満ちたその眼が恐ろしくて、青年は思わず目を瞑った。
その目から再び涙が流れて頬を伝う。
「世界最強と名高い帝国陸軍の男が涙を流すとは何事かぁぁああっ!! この弱卒が!!」
正木は叫びながら何度も青年を打った。
「進め!! 一億火の玉だ!! 遂げよ聖戦!! 興せよ東亜!! 己を殺して国を生かせ!!」
「ひぃいぃ……ぬぐぅ……ぐぅ……」
「今は大東亜戦争下であるぅぅうう!! 一億一心!! 尽忠報国!! 我々が勝つことが世界平和なのである!!」
青年は何度も首を上下に振って忠誠を示した。
それを見て正木は手を止めるとガリガリと鉄の椅子を引きずってきて青年の前に置いた。
椅子には顔の皮膚を剥がれた男が括り付けられている。
男には瞼がなく、ぎょろりと白目が光っていた。
「いいかね……? 君も非国民となれば、この男と同じ運命を辿ることになるのだよ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます