袴田教授の依頼㊻

 

「急げ!! がそろそろ破られる頃合いだ!!」


 卜部はそう言うと工場へ続く斜面を駆け出した。 


「さっきの人形ですね……!? 破られたらどうなるんですか……?」


「……」


 卜部は少しだけ間を置いてから答えた。 


「奴らにこちらが見えるようになるだろう……」

 

「えっ……!? それって……」


「そうだ……!! お前がうじうじするための時間稼ぎに切り札の一つを切った……!!」

 

 振り返ってじろりと睨む卜部の顔を見てかなめは小さく悲鳴をあげる。

 

「ひっ……!!」

 

「帰ったら覚悟しておけ……!! 今回の反省を活かしてたっぷり修行させてやる……!!」


「お……お手柔らかに……」


 消え入りそうな声でつぶやくかなめに卜部は鼻を鳴らす。

 

「式神のことは気にするな。まだ手はある。それより今はお前の解呪が先決だ。それと青木の動向が気になる……」


 その時背後から大声が響いてきた。



「見つけたぞおおおおおお!!」

 


「どうやら式神が見つかったようだな……この隙に中に入るぞ」

 

 高い壁と鉄のゲートで囲まれた工場の前に立ち卜部は建物を睨んだ。

 


「でも……こんなに厳重なところにどうやって入るんですか……?」

 

「ふん……簡単なことだ。聞くが今見えているものは本物の壁か?」

 

 かなめは首をかしげた。

 

「どういう意味ですか?」

 

「これは壁じゃない。この地に満ちる怨念の腐臭にたかった霊蝿に過ぎない」

 

 卜部はコンクリートの壁に手を這わし、何かを探し始めた。

 

「本物の壁は朽ちてどこかに亀裂があるはずだ。それを見つければいい……ここだ……」

 

 そう言って卜部は振り向くと十の指を壁に差し込んだ。

 

 するとまるでカーテンを開くように壁が揺らめき大きな亀裂が現れた。

 

 揺らめいた壁は実体を失うと、燃え滓のような黒い粒子に姿を変えて辺りに飛散する。

 

「行くぞ……」

 

 こうして二人はとうとう工場の敷地に足を踏み入れた。

 

 

 

 

「佐々木中将!! 報告であります!!」


「山本か……スパイを捕らえたのか?」


「それが……スパイと思っていた男は……人形でした……」



 佐々木は机を両手の拳で叩きつけ、叫んだ。


「貴様ああぁぁあ!! 上官を侮辱するつもりか……!?」


「い、いえ……決してそんなことは……し、しかし……何人もの兵たちがそのことを証言しています……」


「ならばその人形はどこにある……!?」


「はっ……こちらに……」


 そう言って山本は血で汚れた不気味な人形を机に置いた。


 人形はところどころ銃剣で撃たれ、突き刺され、ボロボロになっていた。

 

「これが我々を掻き乱していた……そう言いたいのか……?」

 

 わなわなと震える声でそう言いながら、佐々木は山本を睨みつけた。

 

 その時机の上の人形がゆっくりと手足を動かした。

 

 佐々木と山本は驚愕の表情で人形を見つめる。

 

 佐々木は黙ってナイフを手に持ち人形を鷲掴みにすると、その腹にナイフを突き立てた。

 

「中将殿……!! 何を……!?」

 

「こいつは機械人形オートマタだ……!! 中に絡繰が詰まっているに決まっている!!」


 

 ばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばらばら……



 引き裂かれた人形の腹から白い米が溢れて床に散らばった。

 

 それを見て青ざめる山本をよそに、佐々木は口角を上げてつぶやいた。

 

「なるほど……敵の目的がわかったぞ……敵はこの施設で研究しているのことを知っているのだ……!!」

 

「じゅ……じゅたいいちごうけいかく……?」

 

「一部の者しか知らない秘密計画だ……呪術と科学を用いた兵器及びを創ることを目的とし、正木博士の指揮のもと極秘裏に行われている……」

 

「それが敵に漏れたということでありますか……?」


「そうだ……内部にも鼠が紛れ込んでいるのだ……山本伍長これを受け取ってくれ……」


 佐々木はそう言って上着の内ポケットに手を入れる。


 ばん……!!


 佐々木は山本に向けて拳銃の引き金を引いた。

 


……!! この裏切り者め……!! 私の目を誤魔化せると思ったか……?」



 山本は尻もちをつくと、喉を押さえながら後ずさる。


 呼吸の度にごぽごぽと音がして、口と喉元からは血が溢れ出た。


「貴様が先日捕らえた……!! 奴が来てからおかしなことが起き始めた……」

 

 銃口を山本に向けたまま佐々木は目を血走らせて言う。

 

「奴を手引したな? アメリカか? それともソ連の差し金か?」

 


 弱々しく首を左右に振る山本に向かって、佐々木は何発も銃弾を撃ち込み止めをさした。

 

 ぐったりと横たわる山本の死体に唾を吐くと、佐々木は兵舎を出て大声で叫んだ。

 


「スパイの正体が分かった……!! これより部隊を編成して工場へ向かう!!」

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