袴田教授の依頼㊹
そこかしこから兵隊の声や足音が聞こえる。
火薬と薬品の臭いがあたりに充満し、かすかに腐臭が漂う場面もあった。
そんな時は大抵、畑と思しき空き地がある。
「ちょっと臭いですね……」
かなめが小声で言った。
「糞尿や残飯を肥料にしてるんだろう……」
卜部が目を細めて答える。
こんもりとした畝が数列伸びた畑。
どうやら芋やかぼちゃを植えているらしい。
盆地はすでに廃墟ではなく在りし日の陸軍拠点へと姿を変えていた。
卜部とかなめは兵隊達に見つからないように息を潜めて工場へと向かう。
途中建物の角で兵隊と鉢合わせた時は心臓が止まるかと思ったが、どうやらまだ彼等にこちらの姿は見えていないようで難を逃れた。
一際大きい畑に差し掛かったとき卜部が言った。
「この圃場を抜けるぞ。ちょうど工場の手前まで続いてる」
「了解です……」
畑の脇に建てられた見張り矢倉には銃剣を構えた兵隊が周囲に目を光らせていた。
その鋭い視線が先程から何度もこちらを見ている気がして生きた心地がしない。
「先生……あの見張りの兵隊……さっきから何回もこっちを見てる気がするんですけど……」
「ああ……何かを感じてるんだろう……油断するな」
二人は畝の狭間を這うようにして進んだ。
見ると目線の高さに立派なかぼちゃや
かなめはふと強烈な空腹に見舞われた。
よく考えれば昨日の昼から何も食べていないのだ。
手頃なすいかを見つけると、かなめは小さなナイフでそれを二つに割った。
甘くみずみずしい香りがして思わず笑みが溢れる。
「先生……!! この西瓜食べてもいいですか……?」
かなめは前を進む卜部を呼び止めた。
「西瓜だと?」
卜部は振り向いて目に飛び込んできた光景に硬直する。
「かめ……落ち着いてゆっくりそれを置け。絶対に見るんじゃない……」
かなめの手にすいかの汁が滴る感覚があった。
べったりとしたその感触にかなめも血の気が引いていくのがわかった。
「せ……先生……わたし……一体何を……?」
震える声でつぶやくかなめの目だけを見て卜部は手を伸ばした。
「見るな。考えるな。それを置いてゆっくりこっちに来い……!!」
かなめはふるふると頷いて西瓜を地面に置いた。
しかしそれはごろりとかなめの視界に転がり込んできた。
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
それは人間の生首だった。
腐乱しかけた生首はナイフの切り口からどす黒い血を流している。
あたりを見回すと、畝からは青白い腕や足が生えている。
かぼちゃや西瓜と思ったものは大方が人間の頭部だった。
それに気が付いてかなめの心臓が激しく脈打つ。
どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……
どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……
どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……どっ……
「わ……わたし……一体どうなっちゃったんですか……!?」
「これ……全部……全部……し……死体……!?」
かなめは目に涙を浮かべて両手で口を覆った。
パニックになり固まるかなめを抱えて卜部は全速力で畑を突っ切っていく。
カンカンカンカンカンカン!!
カンカンカンカンカンカン!!
カンカンカンカンカンカン!!
いつしか見張り矢倉の上では兵隊が怒声をあげながら警鐘を打ち鳴らしていた。
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