袴田教授の依頼㊳ side:泉谷張
泉谷が振り向くと、そこにはホルマリン漬けを思わせる大きなガラス瓶が置かれていた。
黄ばんだ液体の中に浮かぶ物の正体が分からず、泉谷はじっと目を凝らす。
そしてそれが何か分かった瞬間、泉谷は思わず叫び声を上げた。
「うわっああ……!!」
それは顔面の皮だった。
綺麗に剥がされた皮膚がゆらゆらと液体の中を漂っている様に泉谷は愕然とする。
瓶の置かれた机のそばまで近付くと、卓上に乱雑に散らばった本の表題に目が止まった。
呪術と科学、ブードゥーの秘術、ナチスが研究したオカルト、魔女の家系とその遺伝……
その他に外国の文字で書かれた書籍も数冊混じっていたが、泉谷には読むことが出来なかった。
「袴田は一体何の研究をしてたんだ……?」
どれも不気味な表紙をつけた怪しげな本だったが、その中でも一際異彩を放つ古い墨書きの本を泉谷は手に取る。
本というよりも紙を紐で束ねた冊子に近いそれの表には呪胎告知と書かれていた。
黄ばんだ古い紙はところどころ虫に喰われ、赤黒いシミまで付いている。
恐る恐るページを開くと悍ましい実験の詳細な説明と、丁寧に写生された挿絵が書かれていた。
まるでカルテのようだと泉谷は眉をひそめる。
最後のページを開くと帝国陸軍一三七三部隊所属、正木常吉大佐と書かれていた。
「帝国陸軍……」
そうつぶやいた瞬間、ポケットの携帯が鳴り響き泉谷は肝を冷やした。
見ると画面には鑑識の文字が映っている。
「もしもし!! 何か解ったのか!?」
「それがですね……袴田と思っていた遺体なんですが……どうも別人のようで……」
「何ぃいい!?」
泉谷は電話越しに大声を出した。
「身元やDNA鑑定はまだですが、血液型が一致しませんでした」
「分かった……今から袴田の家にも鑑識を寄越してくれ……こっちにも妙な物がある……」
泉谷はガラス瓶を横目で睨んで言った。
「それと……袴田の研究室に関係の深い人物を数名集めて調書を取りたい……仏さんが誰か分かるかもしれん……」
しばらくすると数台の警察車両が現場に到着し、家中の捜索が行われた。
毛髪や歯ブラシなどDNAが採取できそうなものを回収し、瓶詰めの皮膚も解析に回ることとなった。
鑑識を見送った後、泉谷はジャリジャリと手首の数珠を転がしていた。
「卜部なら……これを見てどう考えるか……」
思わず口から溢れた言葉に、泉谷は自嘲する。
「俺も焼きが回ったかな……」
そう言って立ち上がると、泉谷は卜部の事務所に向かうために袴田邸を後にした。
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