袴田教授の依頼㊲

 

 眼の前で惨たらしく喰われていく兵隊を横目に卜部は盆地の入口へと足を進めた。

 

 この兵隊も所詮はなのだ。


 たとえ殺されても死ぬことはない。

 

 ましてや森に住みつくを産み出した、禍々しい実験の当事者でもある。

 

 この霊が食い尽くされた先に待つのがの腹の中なのか、あるいは、延々とこの盆地で戦禍を繰り返すのかは卜部にもわからない。

 

 穢れた因果はぐじゅる……ぐじゅる……と渦を巻くように闇の中で蠢いていた。

 


 パキ……

 

 異様な気配を察知して卜部は静かに振り返った。

 

 闇の中に佇む一際濃い影を取り囲むようにしてが頭を垂れている。

 

 は手を擦り合わせ、念仏を思わせるような呻き声を上げながら中央の影に祈りを捧げていた。

 


 卜部はタバコを取り出そうと懐に手を入れたが、そこにタバコの感触は無かった。

 

 かなめにタバコを預けたことを思い出し卜部は小さく舌打ちする。

 

「ちっ……一箱くらい持っておくべきだったな……」

 

 卜部は兵隊が落とした銃剣にチラリと目をやった。

 

「我……ハ……」

 

 影が突然声を発し、卜部は驚いて視線を戻した。

 


「戦争……二……反……対……スル者……ナリ……」

 

「ㇱ……カシ………平和願ッタ……者達ハ……非国民……呼バレ……拷問サレ……タ」

 

「生……キ……残ッタ……者……皆……非国民違ウ……」

 

「非国民苦シミ……戦争シタ者……嗤ッテイル……」

 

「非国民……今モ……苦シイ……」

 

 そう言って影は月明かりの下に歩み出てきた。

 

 その姿に卜部の顔が歪む。

 

 顔の皮膚は全て剥がれ、筋肉の繊維が見えていた。

 

 瞼が切り取られ露わになったまなこは酸で焼かれて白く濁っている。

 

 指は足に至るまで全て切り落とされていた。

 

 あろうことか、切られた指は胸に縫い付けられての字を象っている。

 


 一際目を引く異様に膨らんだ腹には、黒々入れ墨が入っていた。



呪胎一号じゅたいいちごう……」


 卜部は入れ墨の文字をなぞってつぶやいた。

 

 呪胎一号は卜部に近づき自らの腹を割いた。

 

 そこには先日山道で見た鹿のように、無数の胎児が詰まっていた。

 

 しかしその胎児はただの一人として微動だにすること無く、すでに事切れていた。

 


「我々ノ……犠牲……ノ……上ニ……安穏ヲ貪ル者ヨ……」


「我々ノ……無念……ヲ……晴ラセ……」


「サモ……ナクバ……貴様モ……ココデ喰ラウ……」


 


 いつの間にか森から出てきた非国民達が卜部を取り囲んでいた。


 白く濁った眼が卜部の瞳の奥を覗き込む。

 

 卜部はその眼をまっすぐに見て言った。


 

「俺は化け物の依頼は受けない」


 

 その言葉に呪胎一号は怒りの咆哮を上げて、卜部に手を向けた。

 


 卜部は伸ばされた手を遮ると、呪胎一号を指差し叫んだ。



「だが……!! の依頼は受ける……!!」 



 呪胎一号は伸ばした手をゆっくりと下ろし、消え入りそうな声でつぶやいた。

 

「我ガ……人間……?」

 

「あんたの名は?」

 

「ウ……ウゥ……ウッ……」

 

 呪胎一号は涙を流し嗚咽混じりに言った。

 

「……内村……!!」

 


「内村……あんたの依頼確かに引き受けた……俺が戦争を終わらせる」

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