袴田教授の依頼㊱
時刻はすでに深夜近くになっていた。
地響きにも似た
そこかしこで、卜部が仕掛けた分け御霊に反応して、兵隊達の怒声が上がっている。
「いたぞぉおおおお!! こっちだぁあああああ!!」
「今度こそ逃がすな!! 潜伏先を虱潰しにしろ!!」
佐々木は馬の上から叫んだ。
「佐々木中将!!」
下官が額に汗を浮かべて呼びかけた。
「何だ!? 山本伍長!!」
「ま、またしても姿を見失いました……!!」
佐々木は伍長を睨みつけると、馬から降りた。
「何かがおかしい……我々は何か踊らされている気がしてならぬ……!! おいお前!! 奴の狙いは何だ!?」
「はっ……!! 集落に潜伏して情報を収集することであります!!」
「そうだ。スパイならば情報を収集する。しかしもうすでに我々に勘付かれた時点で、情報の収集は困難だ!! そうなれば……奴が次に考えることは……」
「はっ……!! 情報の送信、または自陣への生還であります!!」
それを聞いた佐々木は顔を曇らせた。
「隊を二つに分ける!! 第一分隊から第三分隊は盆地の出入り口を固めろ!! 第四第五分隊は通信施設の警備!!」
「はっ!!」
山本伍長はすぐに指示を出し警備にまわった。
しかしそのころすでに、卜部は盆地を抜け、夜の森に身を潜めていた。
盆地の出口には数名の兵隊が気を失って倒れている。
警備にやってきた兵隊達はそれを見つけると大急ぎで佐々木に報告に向かった。
「ほ、報告です……!!」
「どうした!?」
「盆地出口付近で数名の兵が気を失って倒れているのが見つかりました……スパイはすでに盆地を出た可能性が高いと思われます……」
佐々木は地面に唾を吐き捨てた。
「くそ……一足遅かったか……」
「どうしましょう……追いますか……?」
兵隊は恐る恐る尋ねた。
「いや……夜の森に入ったなら、奴はどのみち助からん……夜の森には彼等がいる……一旦引き上げるぞ!! 念のため交代で盆地の出入り口を見張れ!!」
こうして大方の兵隊達は兵舎へと帰っていった。
佐々木は真っ黒な夜の森を睨みつけてからフッと口角を上げる。
「馬鹿な奴だ……精々化け物共に食われて泣き叫ぶがいい……」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
森に悲鳴が木霊した。
「た、助けてぇええええええ……!!」
助けを求めて手を伸ばしても、居合わせた兵隊達は恐怖に顔を引きつらせて盆地の中へと後退るばかりだった。
へい……へい……
ぐちゅる……くちゅ……
へい……へい……
ぼきっ……ぐちゃ……
捕らえられた兵隊の一人は地面に爪を食い込ませて必死に抗っていた。
割れた爪からは血が滲んでいる。
つま先に感じる絶望的な痛みに涙と鼻水を垂らしながらも、男は何とか生き延びようと懸命に藻掻いた。
しかし抵抗虚しく、無数の手に掴まれ、兵隊は闇に引きずり込まれていった。
「あああああああ!! 指が……!! 俺の指が……!!」
へい……へい……
「足に触るな!! 触るなああぁぁぁああ!! ああああああああああ……」
へい……へい……
「この……この非国民共があああああああああ!!」
へい……へい……
「痛い……痛いいいいぃいいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
へい……へい……
「ゆるして……もうゆるして下さい……」
へい……へい……
「こ、殺してくれぇぇぇえええ……」
へい……へい……
ぐちゅる……ぐちゅ……
兵隊を取り囲む何人もの異形の姿。
ある者とある者は背中と背中で縫い合わされており、またある者とある者は、切断された腕と腕で縫い合わされている。
腹に別の人間の顔を埋め込まれた者や、鹿の角と蹄を移植された者もいた。
皆一様に傷口は膿にまみれ、その膿に蛆がわき、酷い腐臭を放っていた。
異形の彼等は、ボロを纏い鬼の面を被った卜部には目もくれずに、兵隊を四肢の先からゆっくり、ゆっくりと喰らっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます