袴田教授の依頼㉝

 

 テントを見張る兵隊の一人が異変に気が付いた。

 

「おい!! あれぇ何だと思う?」

 

 兵隊が指さした先にはボロ布を纏い鬼の面を被った人影が立っている。

 

「お、鬼でねぇのか……?」


 他の一人が怯えながらつぶやくと、上官と思しき男がヘルメットの上から頭を叩いた。


「馬鹿を言うな!! あいつがこの天幕の主に決まっておろう!!」


 上官の男は銃剣を構えて狙いを付けようとしたが、鬼面の人影はすぅと建物の陰に姿を消してしまった。

 

「発煙筒を焚け!! 警戒体勢!!」

 

 下官は命令を受けて直ちに発煙筒を焚いた。

 

 すると赤い煙がもくもくと黄昏の空に伸びていく。

 

 ウーゥゥゥゥ!! カンカンカンカン……!!

 ウーゥゥゥゥ!! カンカンカンカン……!!

 ウーゥゥゥゥ!! カンカンカンカン……!!


 見張り台のサイレンがけたたましく鳴り響き、盆地全体に緊急事態を告げる。



 そんな中かなめと青木は小屋の中で息を潜めてサイレンの音を聞いていた。


「どうやら警報が鳴らされているようですね……!!」

 

 青木がソワソワしながら口を開く。

 

「多分先生が動き出したんです……」

 

 かなめは卜部の安否を心配しながらそれだけ答えた。

 

 青木は相変わらずソワソワしながら何かを考え込んでいるようだった。

 

「青木さん……勝手な行動はしないでくださいね……? 先生が危険を犯してまで囮になってるんです。静かにここで待つべきです」

 

 かなめは思い切って釘を刺すことにした。

 

 じっとりと湿った重たい空気が小屋を満たす。

 

 それを聞いた青木は俯いてしまい、表情は影になって見えなかった。

 

 ブツブツと何かをつぶやいているが内容は聞き取れない。

 

 しかしそれが不満やよこしまな思いの顕れであることは、肌を刺す気配ですぐにわかった。

 

「青木さん!!」

 

 かなめがやや強い口調でそう言った瞬間、勢いよく引き戸が開かれた。

 

「おおお!! 本当にこんなところにお社が!!」

 

「こりゃありがてぇ……!! おい酒だ!! 酒をお供えしろ!!」


「天皇陛下の御霊を御祀りしてつかえ!!」


 兵隊達は口々にそう言って中に入ってくると、御神酒を供えて二拍一礼する。


「天皇陛下!! 万歳!!」


「万歳!!」


「万歳!!」


「万歳!!」


「万歳いぃいい!!」


 そう言ってまた深々と頭を下げると兵隊達は小屋を出て行った。



「す、凄い!! 本当に僕達には全く気が付きませんでしたよ!?」


 青木が興奮した口調で言った。


「先生の結界のおかげです……」


 かなめも呆気に取られてそうつぶやいた。



「こ、これだけ凄い結界があるなら……」

 

 青木が小声でそう言うのかなめは聞き逃さなかった。

 

「ダメです!! 絶対ダメ!! この小屋の外に出たらどうなるかわからないんですよ!?」

 

 かなめは両手を広げて扉の前に立ちふさがる。

 

 すると青木の目がすぅと暗くなった気がした。

 

「先生……先生……先生……」

 

 青木は小馬鹿にしたような口調で三度繰り返す。



 異変を感じてかなめはすぐさまポケットのを掴んだ。


 

「その先生が新井さんを見つけられないから……!! こんなことになってるんじゃないですか!?」


 青木は眼をギラつかせながら声を荒げた。 



「青木さん……下がってください……」

 


 ギラギラと鈍い光を放つその眼にかなめは見覚えがあった……

 


「大体……!! ここの歴史的価値があんた達は全く理解ってないんですよ!! その上!!」

 


 青木はそう言ってサバイバルナイフを取り出した。

 

「今ここにはがいる……!!」

 


「それを仕舞ってください……」

 

 かなめは一歩も退かずに静かに言った。

 

「わかるか!? この意味が!! 直接聞くことも、案内ことも出来るってことだ……!! それなのにあんたの大好きな先生はそれをしようともしない……」

 

 青木はナイフを左右の手に持ち替えながらかなめにじりじりと歩み寄った。

 

「それを仕舞いなさい!!」

 

 かなめは委任状を掲げて大声で言った。

 

 するとナイフを持った青木の左手から赤い蒸気が立ち昇る。

 

「ぐうああああああああああ!?」

 

 ナイフを床に落とした青木は焼け爛れた左手の手首を右手で掴んで苦痛に悶えた。

 

「な……何をしたぁああああ!?」

 

「こちらの指示に従ってください……!! さもないと……もっと酷いことになりますよ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る