袴田教授の依頼㉛



「いいかよく見ておけ」

 

 卜部は人差し指と親指で硬貨を挟んで二人に見せた。


 かなめと青木はそれを凝視する。 


 卜部は硬貨を握りつぶすようにして手の中に隠した。

 

「今硬貨はどこにあると思う?」

 

「そりゃ握ったんだからその手の中ですよ……」


 かなめが訝しみながらも握った手を指さして答える。

 

「確かにその通りだ……だが実際にはこっちにある……」

 

 卜部はそう言ってもう片方の手を差し出した。

 

 そこには確かに硬貨が握られていた。

 

「えええ!? 凄い!! どうやって移動させたんですか!?」


 かなめが声を上げた。 


「うーん……いつの間に手をすり替えたのか……全然わかりませんでした……」

 

 青木も首を捻ってつぶやいた。


 

「そう。すり替えだ。だがすり替えたのは硬貨じゃない……」


「じゃあ何を?」


 かなめが眉をひそめると、卜部がニヤリと口角を上げる。


だ」

 

 そう言って元々握っていた手を開くとそこにも硬貨が握られていた。

 

「どっちにも握ってたんですか!?」

 

「誰も硬貨が消えるとも、移動するとも言ってない。お前たちが勝手にそう思ったんだ」


「そんなのズルじゃないですか……」


 かなめが口を尖らせた。



「硬貨が消えると見せかけて、実は移動したんだと思わせる……!! だが実際は移動してもいないし、消えてもいない……!!」



「それってつまり……?」

 

「ああ。日本兵にも同じ罠を仕掛ける」

 


「でも……そんなのどうやって……?」

 

 青木が心配そうに口を挟んだ。

 

「俺は今からわざと霊痕れいこんを残しながら潜伏を繰り返して、お前たちから日本兵を遠ざける。最終的にはこの盆地から脱出したように見せかけて戻ってくる」

 

「そ、その間わたしたちはどうするんですか……!?」

 

 かなめが心配そうにつぶやいた。

 

「心配するな。今から奴らには絶対干渉できない強力な結界を張る。俺が戻るまで、ここで隠れてろ」

 

 卜部はそう言って立ち上がった。

 

「でも……!! 先生の結界はこの前効かなかったんじゃ……?」

 

「ああ。正体がいまいち掴めてなかったからな……奴らは今なお戦禍を生きる日本兵だ……目的のためなら死んでも突っ込んでくる……」

 

「特攻精神……ですね……」

 

 青木がボソリと口にした。

 

 卜部は黙ってそれに頷く。

 

「奴らを止めるのに必要なのは脅威じゃない。必要なのは奴ら自身のだ……!!」

 

「それってどういう……?」

 

 かなめはもう何度目かになる同じ質問を口にした。


「今からここは現人神あらひとがみのお社になる。お前はアマテラスでお前はスサノウだ」

 

 驚く二人を無視して卜部は二拍一礼すると、大祓詞を唱え始めた。

 

「高天原に神留り坐す皇親神漏岐……」

 

 かなめはそれを聞きながら、ちらりと青木に目をやった。

 

 実は今朝から青木の様子が何処となくおかしいことにかなめは気づいていた。


 しかしはっきりとした原因も何が違うのかも解らない。

 

 かなめは、日本兵よりも青木と二人ここに残ることの方が気がかりだった。


 卜部に相談しようにも青木が聞き耳を立てているような気がして相談する機が見つからずに、ずるずるとここまで来てしまった。

 


 青木はかなめの視線に気が付いたのかすっと視線をこちらに向けた。


 目が合うと青木は薄っすらと唇に笑みを浮かべた。

 

 その目の奥にほんの一瞬だけギラりと何かが光った気がして、かなめは独り冷たい汗を流すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る