袴田教授の依頼㉚ side:泉谷張
テントが視界に入るのと同時に良からぬものが目に留まる。
「先生……あれ……」
「ああ先を越された……俺たちが帰ってくるのを待ち伏せしてるんだろう……」
そこでは五人組の兵隊が銃剣を構えて周囲に睨みを利かせていた。
「凄い!! 本物の三十年式銃剣だ……!! 荷物を持ってきておいて正解でしたね……」
青木が兵隊を観察しながらつぶやいた。
「テントは諦めるしかない。奴らはあそこを動かないだろう……今から潜伏できる場所を探すぞ……」
三人はじりじりと後退しながら再び盆地へと戻っていくのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
泉谷は研究室で発見された遺体が袴田であると仮定して捜査を開始した。
鑑識の話ではDNA鑑定のためには確実に袴田本人とわかるDNAの入手が必要だという。
泉谷はそういうわけで袴田の住む家に向かっていた。
大学へのアクセスもいい郊外の一軒家の前に立ち、泉谷は深い溜め息をつく。
一人暮らしにはいささか大きい気もするが、大学教授という職業はそういうものなのかもしれない……
泉谷は首を左右に振ってから玄関ポーチへと向かった。
念のため呼鈴を押して名前を叫んでみる。
「袴田さん? いらっしゃいますか? 警察の者です……」
当然のように沈黙が返ってきた。
泉谷はダメ元でドアノブに手を掛ける。
カチャリ……
泉谷の手を離れて呆気なくドアは開いた。
中から漏れ出す静かで透明な邪悪の気配に、泉谷の歴戦の勘はそっと反応し始める。
いつの間にか吹き出していた額の汗を拭い、泉谷は帽子を被り直した。
「卜部が関わってるとなると頼みはこれだわな……」
泉谷は右の手首にぶら下げた数珠を見つめてからジャリジャリと鳴らして念仏を唱えた。
「頼みますよ……お釈迦様!! 俺が仏様にならねぇようにお守り下さい……ってな!!」
泉谷は一人でブツブツとつぶやいてから袴田の家に入っていった。
泉谷は反射的に床の埃に視線を落とす。
薄っすらと積もった埃には一人分の足跡が片道分だけ残っていた。
「ほとんど誰も住んでない家に……誰かさんが入ったきりってか……?」
泉谷は警戒しながら足跡を追った。
それはどうやら奥の部屋へと通じているようだ。
足跡の主が入ったであろう扉の前に立ち、中の様子に耳をそばだてるが、何の音も聞こえてこない。
泉谷はそっと扉を開けて中を覗いた。
壁一面の本棚が見える。どうやらここは袴田の書斎らしい。
泉谷は覚悟を決めて中に踏み込んだ。
「警察だ!!」
怒鳴り声に反応する者は誰も居なかった。
それどころか足跡も部屋の中央でぱったりと途切れている。
安堵する間もなく、泉谷は部屋の中に広がる異常な光景に息を飲んだ。
扉がある面の壁は意味不明のメモ書きで埋め尽くされていたし、床にはホルマリン漬けにされた奇形動物の標本がいくつも転がっていた。
泉谷は部屋を見渡して次に繋がる何かを探す。
すると本棚の向かいの壁に目がとまった。
その壁には人間の顔写真が、横一列に何枚も貼り付けられている。
彼等の写真には赤黒いペンキのようなもので、壁にはみ出すほどの大きなバツ印がつけられていた。
「なんじゃこりゃ……!?」
泉谷は近付いて一人ずつ顔を確認したが、年齢も性別もバラバラで共通点は見つけられない。
順番に写真を追っていくとバツ印の無い写真に出くわし思わず息が止まる。
「ううぅむ……」
泉谷は低い声で唸ってから写真の中の男に語りかけた。
「卜部……お前今、一体どこで何してる……?」
泉谷はふと視線を感じて、もの凄い速さで振り返った。
「誰だ!!」
慌てて振り返った先にあったのは、机の上に置かれた大きな瓶だった……
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