袴田教授の依頼㉘
駐屯所内が騒然とする中、かなめの背中を誰かが叩いた。
振り返るとそこには姿勢を低くした卜部の姿がある。
「せ……むぐっ……」
かなめは振り向きざまに思わず声を出しそうになったが、卜部がすみやかにその口を塞いだ。
卜部は怒りの表情でかなめを睨みながらも、声には出さずに手で何やら合図をした。
かなめはなんとなくそのハンドサインの意味を理解し頷いた。
二人は中腰の姿勢で音を立てないように気をつけながら、そろりそろりと出口へ進んでいく。
途中何度か兵隊と鉢合わせたが、壁に張り付くようにしてじっとやり過ごした。
「全隊停止いぃいいっ!!」
出口までもうすぐという時に佐々木が片手を上げて大声で叫んだ。
「ぜんったいてぇぇぇいし!!」
佐々木に続くように号令が連鎖すると、兵隊達はピタリと動きを止める。
「昨夜、盆地の入り口付近で奇妙な天幕を見つけた……!! 我が国では見たことのないような天幕だ……」
佐々木は兵隊達の顔を見渡しながら話し始めた。
「我々がそこに駆けつけると、ちょうど例の丸太が逃げ込もうとしているところだった……」
「丸太を捕らえた後に、中を確認した。しかし奇妙なことに天幕は二つとも
佐々木はコツコツと音を立てながら部屋を歩き回った。
歩きながら兵隊たちの顔を一人ずつ覗き込んでいく。
中には肩を叩かれる者もいて、叩かれた者はビクリと体を跳ねさせた。
兵隊たちは皆一様に緊張した表情で一点を見つめ、額には玉の汗が滲んでいる。
「私が思うに、どうやら丸太の逃亡を手引している敵国のスパイが紛れ込んでいる……!!」
「本来ならば……憲兵隊に調査を依頼するところだが、ここの存在が知れ渡ることは絶対に避けねばならん!!」
「今、肩を叩かれた十人は私に付いて来い。特別任務を与える。他の者は作業に戻れ!! 以上!!」
若い二人の兵隊も肩を叩かれたようで、佐々木の周囲に集まっていた。
その顔には先程までの緊張とは別に、何か別の高揚感のようなものが見て取れた。
「君達は今からここでの憲兵隊だ。スパイを炙り出すために尽力してもらう。まずは丸太から情報を聞き出すために研究所に向かってくれ。正木大佐に私の名前を伝えろ。例の件で参りましたと伝えればわかるはずだ」
「はっ!!」
十人は一斉に敬礼した。
「いいか!? 憲兵隊はお互いのことも監視対象だ!! 君達の中に裏切り者がいる可能性もある……誰かが逃げ出したりすれば、全員を処罰するぞ!? これは非常に重大な任務だ!! 肝に命じるように!!」
「はっ……!!」
卜部とかなめはその隙に外へと出た。
すると青木がおどおどしながら物陰から顔を出した。
「青木よくやった。上出来だ」
青木は何度もコクコクと頷いた。
「急いでテントに戻るぞ……ややこしいことになった……」
「すみません……わたしのせいで……」
「無事なら儲けものだ……まさか陣地に引きまれるとはな……迂闊だった……」
「陣地ですか……?」
かなめが尋ねた。
「言ってみれば奴等の
「とにかく今はテントを移動させる!! 急いで戻るぞ!!」
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