袴田教授の依頼㉔ side:泉谷張

 

「で? 仏さんの身元は?」

 

 泉谷は手袋をはめながら巡査に尋ねた。

 

「それが……遺体の損傷が激しくまだ身元は特定出来ていません」

 

 泉谷はぴくりと眉を動かした。

 

「なんだそりゃ? バラバラ殺人か?」

 

 巡査は黙って目を伏せた。

 

 伏せた目が左右に泳ぐのを見て泉谷はやはりただごとではないと確信する。

 

「バラバラというよりは……いえ……ご自分の目で確かめられたほうが……」

 

 そう言って巡査は立入禁止のテープをくぐり、ドアノブに手をかけた。

 

 泉谷もテープをくぐってドアの前に立つ。

 

「覚悟してくださいね……何人かしましたから……!!」

 

 そう言って巡査が開いた扉の向こうにはが咲き乱れていた。

 

「んぐ……!!」

 

 泉谷は思わず口を腕で覆った。

 

 それでも鼻を突く鉄と内臓の強烈な臭い。


 目を覆いたくなるようなグロテスクな光景に目がチカチカとする。


 まるで熟れ過ぎた西瓜が発酵して破裂したかのように、被害者のは部屋のあちこちに散らばっていた。


 デスクや鉄製のラック、壁や天井に至るまで、赤とピンクのゼリーが粘っこく付着している。



 ぐっ……ぺちゃ……


 どこかでが重力に逆らえず床に落ちた音がした。


 壁に掛けられた時計の針からぶら下がるピンク色の肉片が、秒針の動きを遮って小刻みに震えているのを見た時、再び泉谷の胸に強烈な吐き気が沸き起こった。


 泉谷は吐き気を飲み込んで扉を閉めるとすぐに指示を出す。

 

「このヤマは普通じゃない……爆弾か……新手の化学兵器の可能性もありうる……科捜研に応援要請を!! 現場には誰も入れるな……!!」


「はい。ただちに!!」


 すぐに駆け出そうとする巡査を泉谷は呼び止めた。


「待て。目撃者は何人いる? 箝口令かんこうれいが必要だ……」

 

「目撃者はいません」

 

「なにぃ……!? じゃあ一体誰がこれを見つけたんだ!?」


 泉谷は眉間に皺を寄せて怒鳴った。 



「ここで自殺する旨の通報がありました!! それで本官が確認に来ました!! 事件当時部屋には鍵がかかっており、外側から内部を見ることはできません。その上時刻は午前六時頃だったため、構内に人はほとんどいませんでした!!」


 泉谷は肩透かしを食らったような気分だった。


 それならばこれは事件ではなくただの自殺ということになる。それもえらく大掛かりではた迷惑な方法を使った……



「そうか……それで? 通報してきたやつはなんて言ってた?」

 

「自分は今から死ぬ。行くところがある。それと……そのような支離滅裂なことをいたって冷静な口調で話していました!!」

 

 それを聞いた泉谷の背中に嫌な汗が伝った。

 

 泉谷はもう一度扉を開けて部屋に咲いた肉の華を見渡した。

 

「卜部……何がどうなってる……?」

 

 泉谷は誰にも聞こえないような小さな声でそうつぶやくと部屋を後にした。

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