袴田教授の依頼㉓
「お、怨念……? でも確かにテントを破って……!!」
「じゃあ、破れた穴はどこにある?」
「だってそこから……」
かなめが指さした先には穴など見当たらなかった。
それどころかテントには、飛び散った血の染み一つ無かった。
「こんなことって……」
かなめは愕然とした。
つい今しがた見たリアルな光景の痕跡は何一つ残されていなかったからだ。
「あの時、あの瞬間、奴らの持つ周波数と俺達の周波数は一部だけ重なっていた。おかげでこちらの姿が奴らには見えなかったわけだが……」
「どういう意味ですか……?」
「完全に周波数が一致していたら、奴らはこちらに干渉してきていたという意味だ。それこそ軍人としてな……」
かなめはその言葉にゾッとする。
「問題は何が周波数を一致させる
「例えば……視覚が周波数を一致させる要因だとすれば、俺たちは奴らの姿を見ているから周波数が重なるはずだ」
「だが奴らにはこちらが見えていなかった……この事と袴田の話を踏まえて推察するに……」
「声……ですね?」
かなめがおずおずと口にした。
「御名答……奴らにこちらの声を聞かれたら……奴らはラジオの周波数が合うように、はっきりとこちらを認識する。そしてこちらの世界に干渉してくるだろう……」
「そうか……だから影に向かって話しかけた新井さんは……連れて行かれた……?」
「おそらく……な。行くぞ青木が気がかりだ」
卜部はそう言ってテントを出た。かなめも慌てて卜部について行った。
「おい青木!! 無事か!?」
卜部が青木のテントを開けて中を覗き込んだ。
しかし青木の返事は聞こえてこない。
「青木さん!!」
かなめも卜部の脇からテントを覗き込んだ。
そこにはいびきをかいて眠る青木の姿があった。
「寝てますね……」
かなめがそうつぶやくと、卜部はずんずんとテントに入っていった。
「おい!! 起きろ青木!!」
卜部は青木の耳元で怒鳴った。
「ふぁあ!! ふぁい!?」
「何か見たり聞いたりしてないか?」
「な、何ですか!? 急に!?」
青木は卜部とかなめの顔を交互に見比べながら答えた。
「怪異が出たんです!! 青木さんのところは大丈夫でしたか?」
かなめの問に青木は目を丸くした。
そして少し申し訳無さそうに答える。
「ぜ、全然知りません……爆睡していたもので……」
卜部は呆れた様子でため息をついた。
「とにかく無事ならいい……帝国陸軍の幽霊が出ても絶対に声を出すな。何か質問されても答えるんじゃないぞ?」
「て……!! 帝国陸軍の幽霊が出るんですか!?」
青木は卜部の両肩を掴んで興奮した様子で言った。
「ああ。見つかったら研究所に連行されて丸太にされるらしい……興味や研究どころじゃない。絶対に声を聞かれるな。いいな?」
「丸太……七三一部隊で用いられた呼称ですね……ということは……ここは関東軍防疫給水部本部とも何か繋がりが……」
「おい……」
卜部は青木の胸ぐらを掴んだ。
「研究熱心は程々にしておけ……!! もう一度言っておく。絶対に奴らに声を聞かれるな。俺と交わした契約を忘れるなよ……?」
「す、すみません……つい……」
青木は目を伏せて謝った。それを見た卜部が手を離す。
「……いいだろう……」
こうして三人は次の朝を迎えた。
その日の朝のことだった。
大学のキャンパスには数台のパトカーと救急車が駆けつけ現場は騒然となっている。
グレーのセダンから小柄な男が降り立ち、そこに現場の巡査が走り寄った。
「
「はい。ご苦労さん。現場まで案内してくれ……!!」
そう言った泉谷は建物を見上げて顔をしかめた。
「なぁんか……嫌な感じがするなぁ……」
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