袴田教授の依頼㉒
がちゃがちゃと金属がぶつかり合う音を伴って何者かが馬を降りる気配がした。
「貴様ぁあああ!? そこで何をしているぅう!?」
かなめは敵意に満ちたその声に身がすくんだ。
テントに張り付いた影はいつの間にか気をつけの姿勢を取っていた。
よく見ると小刻みに震えているのがわかる。
かなめは音を立てないように息を殺して卜部に目をやった。
卜部は下唇を噛み締めて鋭い目で影を睨んでいる。
「名前と所属を言えぇええ!?」
男の怒声が再び響いた。
「は、はいっ……!! だ、第一三七三部隊所属……!! 村田一等兵であります……!!」
テントに映ったもう一人の影が村田と名乗る男の胸ぐらを掴んだ。
「村田だぁ? 奴は先日行方不明になっておろうが!!」
「ひっ……じ、実験体に……お、追われて……逃げておりました……!! 命からがらやっと帰還したところでありますっ……!!」
「嘘を
そう叫ぶと男の影が村田と名乗る影を殴り始めた。
村田の悲鳴と殴打する鈍い音が響く。
テントには村田の血液と思しき飛沫が飛び散った。
かなめは両手で顔を覆ってその光景に釘付けになっていた。
いつの間にかガクガクと身体が震え、気を抜くと奥歯が音を立てそうになる。
かなめは恐怖に慄きながら卜部の手をそっと掴んだ。
卜部はチラリと振り向きその手を強く握り返すと耳元に口を近づけて囁いた。
「
かなめは恐怖で顔を引きつらせながらふるふると何度も頷いた。
「こいつを連れて行け!!」
唾を吐く音の後に男の声がした。
「はっ!!」
別の二人の声が響き村田は引きずられていく。
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁあぁあ!! 研究所は嫌だぁああああ!! お願いします……お願いします……!! どうか家に帰してください……!! 離せ!! 離せぇぇええ……!!」
かなめの耳に村田の悲痛な叫び声がこびりつく。
するとすぐに男の影がテントに向き直り腰から長い棒状の物を取り出すのが見えた。
どうやら軍刀を抜いたらしい。
来るな来るな来るな……
かなめは心のなかで何度もそう念じながら卜部の手を握りしめた。
「見慣れん天幕だな……やつの持ち物か……?」
「わかりません!!」
別の声が答えた。
「まあいい……」
ビリッ……!!
テントを突き破って軍刀の切っ先が顔を出した。
かなめは空いた手で口を覆って何とか叫ぶのを堪えていた。
ビッ……
ビッ……
ビリッビリ……
軍刀はテントを縦に大きく切り裂くとスルスルと引き戻されていく。
代わりにそこから、返り血に汚れた男の顔が突き出された。
無精髭を生やし、軍帽を被った男の目は、獲物を探してギラつきながらテントの中を隈無く観察する。
その目には残虐さと狂気とが渦巻いていた。
かなめは男と目が遭った。
もう駄目だと思い強く目を瞑る。
しかし卜部は微動だにしない。
「ふん……どうやらもぬけの殻のようだな……行くぞ!!」
そう言って男はテントから首を引っ込めて馬に跨ると、部下を引き連れて去っていった。
かなめは全身の力が抜けると同時に、先程まで抑え込んでいたものが一気に吹き出してきた。
身体が尋常でないほど震え、奥歯がガチガチと音を立てる。
「ふっ……ふ……ふ……ふふ」
うまく言葉が話せない。
力いっぱい握った手は、その状態で固まり開くことが出来なかった。
「亀。もう大丈夫だ。よく耐えた」
そう言って卜部はかなめの背中をさする。
「深呼吸しろ」
卜部の呼吸に合わせて深呼吸を試みるうちに少しずつ、かなめの体を支配する緊張がほぐれていく。
それでもなお震えやまぬ声で、かなめは言葉を詰まらせながら卜部に尋ねた。
「い、今のは……な、何だったんですか……?」
「かつてここで研究をしていた帝国陸軍とその被害者たちの怨念だ……」
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