袴田教授の依頼㉕
「おい亀!! 焦げてるぞ!!」
「焦げてません!! カリカリに焼きたいんです!!」
「ぼ、僕はそれくらいで大丈夫です……」
朝焼けの美しい空の下、スキレットの上に並んだベーコンと食パンを囲んで三人は口々に叫んでいた。
辺りにはバターとベーコンのたまらない香りが広がっている。
「いただきます」
律儀に手を合わせる卜部とかなめに倣って青木も手をわせる。
「い、いただきます……」
バターをひいた鉄板で焼かれたトーストは
それでいて内部にはもっちりとした弾力が残っている。
「こんなに美味しくなるなら、これからトーストはフライパンで焼きます」
至福の表情でつぶやくかなめに、卜部は沢の水で淹れたコーヒーを飲みながら言った。
「鉄鍋の遠赤外線効果が決め手だ。それに薪や炭も遠赤外線を出す」
「なるほど……」
かなめもコーヒーの入ったステンレスのカップに手を伸ばして答える。
「そ、そんなことより……これからの段取りを話し合いませんか……?」
青木がソワソワしながら口を挟んだ。
「ふん……それもそうだ」
卜部はそう言って立ち上がると廃村に目を凝らす。
二人も釣られて廃村を見やった。
かなめはそこに広がった不吉な景色にごくりと唾を飲んだ。
廃工場の裏辺りから伸びた小川が盆地の中央を緩やかに蛇行しながら流れている。
その小川を囲むように朽ち果てた廃墟が立ち並んでいた。
柱が腐って屋根が地面に付いているものもあれば、草に飲み込まれて小山のようになっているものもある。
建物の形を維持しているものもあったが、そこには何者かが住み着いているのではないかと思わせる不気味な気配が立ち込めていた。
急速に食欲が失せて行くのに気がついて、かなめは慌てて左手に持ったパン切れを口に押し込んだ。
「まずは袴田達が野営した廃墟を探す。何かしらの痕跡が見つかるかもしれん……あれに入るのはそれからだ……」
卜部はちょうど対角線上にそびえた廃工場を睨んでそうつぶやいた。
テントはそのままにして三人はリュックを背負って廃村へと向かった。
砂利の敷かれた小路は人の手が入っているかのように歩きやすい。袴田の言っていた通りだった。
周囲にあばら家がちらほらと増えてくると、そこかしこに立札と思しきものが刺さっているのが目にとまった。
拾参號ー場
そう書かれた立札を見てかなめは首をかしげた。
「じゅうさん……ごう? 先生、さっきからいっぱい立ってるこの看板何でしょう?」
「さあな。青木これは何だ?」
青木は看板をしげしげと眺めて答えた。
「何かの場所を示した物だと思いますが……字が消えかけてて……」
そう言って青木は辺りを見渡した。
そこにはだだっ広い草むらが広がっていた。
よく見ると柵のような残骸も見受けられる。
「おそらく十三号農場ではないかと……兵隊達がここで自給自足的な生活をしていたと思われます」
「だそうだ」
「なるほど……」
かなめはその農場跡を見て漠然とした不安を覚えた。
本当に農場なのだろうか……?
そんなことを思いながらも、かなめは空き地を横目に見送りさらに廃村の奥へと踏み込んでいった。
「おい亀」
卜部はかなめを呼び寄せた。
「亀じゃありませんかなめです!! 何でしょうか?」
卜部はタバコの箱を三つ取り出してかなめに渡した。
「お前が持ってろ。俺はどうやらしばらく吸えそうにない……」
「どういう意味ですか……?」
「ここからは……勘を鈍らせてる場合じゃないってことだ……」
卜部は一点を睨んだままそうつぶやいた。
視線の先を辿ると、そこには状態の良い廃墟が静かに立っている。
まるで待ち構えるように佇むあばら家を見てかなめも息を呑む。
かなめはいつか聞いた卜部の言葉を思い出した。
「タバコは霊感を鈍らせる。勘が鋭すぎると疲れるんだよ。だから普段はわざと鈍らせてる……」
「いざと言う時はすぐに出せる場所にしまっておけ」
そう言って卜部はあばら家に向かって歩き出した。
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