袴田教授の依頼⑲
青木がお湯を沸かしている間に、卜部は使い込まれた
かなめはそんな卜部の後ろから飯盒を覗き込んで言う。
「凄い!!
「正式名称は
青木がぼそりと口を開いた。
「卜部さんが使ってるのはもともとは兵式飯盒とか口号飯盒とも言われた、帝国陸軍の下士官が使っていたキドニー型ですね……」
「だそうだ……」
卜部はニヤリと口角を上げてかなめを見た。
かなめは咳払いして話題を変える。
「これって何合炊きとかあるんですか?」
「中蓋が二合、外蓋が三合だ。三人分のレトルトカレーなら二合で十分だろう」
卜部は焚き火に飯盒を仕掛けてつぶやいた。
「始めちょろちょろ中ぱっぱだな……」
「何かのおまじないですか……?」
それを聞いた青木が不思議そうに尋ねた。
卜部は眉間に皺を寄せて驚愕の表情を浮かべて言う。
「まさか知らんのか!?」
「誰も知りませんよ!!」
今度はかなめが口を開いた。
二人に顔を覗き込まれた卜部は面倒臭そうに説明を始める。
「火加減の覚え方だ……初めは弱火、途中から強火、吹き出したら火を引いて、蒸らし中は絶対に蓋を開けるな」
「へぇ……そんなものが……」
そうこうするうちに飯盒からはおこげの香ばしい匂いが漂ってきた。
卜部は飯盒を引き上げるとそのまま、まな板の上で飯盒を逆さまにした。
「この状態で蒸らすんだ」
沸騰したお湯にレトルトカレーのパウチを三つ放り込み、飯盒の蒸し時間を待つ間に、かなめは持ってきた紙皿やスプーンを用意していく。
「そろそろいいだろう」
そう言って卜部は飯盒の蓋を開いた。
湯気とともに飯盒からふっくらと炊きたてのご飯が顔を出す。
焚き火に照らされた真っ白いご飯は神々しい輝きを放っているようにさえ見えた。
「凄い!! 艶々!!」
かなめは思わず笑みをこぼした。
「蒸らしが効いてる。それにどうやら水もいい」
卜部はそう言って紙皿にご飯をよそっていった。
底の方からガリガリと剥がしたおこげの香りがさらに三人の食欲を刺激する。
青木も待ちきれないといった様子で、すぐさまレトルトカレーをそれぞれの皿に注いでいった。
「いただきます」
焚き火を囲んで手を合わせ、カレーを口にすると思わずため息が漏れ出てしまう。
「うまぁ……」
青木がしみじみとつぶやくのを聞いてかなめがクスクス笑いながら口を開いた。
「なんか青木さんって苦労人っぽいですよね……」
「え……!? そ、そんなことは……」
「袴田のところで苦労してるんだろう? 正直に言ってみろ」
卜部もニヤニヤしながらかなめに便乗した。
「えぇ……ちょっと……それは勘弁して下さい!!」
そう言いながら青木もつられて笑った。
そんな中、卜部はごそごそとリュックから何かを取り出し始める。
それを見たかなめが叫んだ。
「先生!! それマシュマロ!!」
「ふふふ……さぁ青木……これが食いたければ正直に答えろ……袴田のとこで苦労してるんだろ? どうだ?」
卜部は薄笑いを浮かべると、枝の先にマシュマロを刺して焚き火で炙った。
キャラメルのような甘く香ばしい香りが辺りに広がる。
「わたしも!!」
かなめは袋からマシュマロを奪い取ると卜部に倣って火にかざす。
「そんなぁ……二人ともずるいですよぉ……」
青木はそう言ってから小声でつぶやいた。
「苦労してます……」
それを聞いて満足したのか卜部は膝を叩きながら声を出して笑った。
そんな卜部の隣でかなめはうんうんと頷いている。
「わかるなぁ……その気持!!」
卜部はすぐさま真顔に戻ると、じろりとかなめを睨みつけた。
また言い合いを始めた二人を見ながら青木は困ったような顔で苦笑する。
にもかかわらず青木は、そんな卜部とかなめに今まで感じた事のない居心地の良さを覚え始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます