袴田教授の依頼⑱
急斜面をしばらく下った先に野営出来そうな広場を見つけると、卜部は急いで焚き火の準備を始めた。
慣れた手付きで手頃な石を並べ終えると、出来上がった簡易の竈門の中に細いを木を積み上げ火を点ける。
「ふぅ……これでひとまずの脅威は去ったと見ていい」
卜部が石に腰掛けて長い溜息をついているのをかなめは眺めていた。
「おい亀!! 何をぼさっと見てる!! テントの準備をしろ!!」
「それが……」
かなめは地面の上にしぼんだ布にチラリと目をやった。
「なるほど……帰ったら野営の基礎を叩き込む必要がありそうだな……」
「それって一体どういう……?」
「決まってるだろ? 樹海でキャンプだ」
ちょっと楽しそうだと思ったのがかなめの顔に出たのか卜部は目を細めて付け加える。
「もちろん独りで生き残ってもらう……」
「どうかそれだけはご勘弁を……」
青木は黙々と自分のテントの設営をしながら二人のやりとりを盗み見ていた。
あんなことがあった後によくも笑っていられるとなかば呆れながらも、青木の頭の中は帝国陸軍の研究に移り始めていた。
「あの人達と離れて研究出来たらいいのになぁ……」
青木は小さく独り言ちた。
「ほう……」
卜部の声で青木の身体がびくりと跳ねた。
振り向くと卜部がすぐ後ろに立っている。
「な、何でしょうか……?」
独り言が聞かれたのではとビクビクしながら青木が尋ねる。
「なかなか手慣れてるな。よく行くのか?」
少し考えてからキャンプのことを聞かれていると分かった青木は小さく頷く。
「ソロであちこち回るのが好きなんです……それこそ軍に
「ふん……ほどほどにしておけ。今でこそ少ないが、中には本当にヤバいのが住み着いてる場所もある……」
卜部からの思わぬ気遣いに戸惑いつつも青木は言葉を返した。
「こ、ここみたいにですか……?」
卜部はほんの数秒黙ってから口を開いた。
「いや……ここは別格だ……それより飯の準備をするぞ。お前もさっさと荷物を片付けて手伝え!!」
そう言って卜部は焚き火の方に戻っていった。
袴田のように気難しい人物を想像していたが、どうやら卜部は袴田とは違うらしい。
青木がそんなことをぼんやりと考えていると卜部の怒声が聞こえてきた。
「おい!! 亀!! 一体どうやったらこんな訳のわからん形になるんだ!?」
「知りません!! 言われた通りにやってたらこうなったんです!!」
「逆さまにテントを建てろと言うヤツがあるか!!」
「でもなったんです!! 怒鳴ってないで早く助けてください!!」
渋々卜部がテント設営を手伝っていると青木がやってきた。
「テントもう一つ建てますよね? 手伝いましょうか?」
卜部はバツが悪そうに横を向いた。
「先生? どうしたんですか?」
「……ない」
「「え?」」
二人が同時に聞き返した。
「一つしかないと言った!!」
「ええええええええええ!? ど、どうするんですか!? そ、外で寝るんですか!?」
かなめが大声で叫んだ。
「大声を出すな!! バカモノ!! お前の荷物を軽量化するために俺が二人用のテントを背負ってきたんだ……お前の荷物にテントなんか無かっただろうが!?」
そうだった……
かなめはテントに目をやった。
二人用と言ってもテントは小さかった。
それこそ寝返りを打てば身体が触れ合うような大きさだ。
今夜卜部とここで寝ることを想像してかなめは耳が火のように熱くなるのを感じた。
神様……どうかわたしの心臓をお守りください……
腹を括ったかなめは星空を見上げて静かに祈るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます