袴田教授の依頼⑰
「う、卜部さんは大丈夫でしょうか……?」
青木が振り向きながら言った。
「やられることはないと思います……!!」
かなめが答える。
「それより……!! 前……!!」
かなめの声で前を向いた青木は背筋が凍った。
目の前で道が途切れていたのだ。
「あ、あっぶなっ……!!」
青木は慌てて後退りした。
よく見ると道は急な下り坂になっており、途切れたわけではなかった。
そこはすり鉢状の盆地になっており、気味の悪いことに盆地の中には一本の木も生えていなかった。
その姿はまるで、薄闇をなみなみと満たした水盆のようだ。
その中に朽ちた家屋がいくつも見て取れる。
そしてその奥に、件の廃工場が不気味な存在感を放っていた。
忘れ去られ、ひっそりと死んでいった集落とは対照的に、廃工場はまだ稼働しているのではないかと疑いたくなるような生きた気配をはらんでいる。
かなめは紫色の夕闇に浮かび上がる工場がビクビクと脈打っているように見えた。
「す、凄い!! 本当にあったんだ!!」
青木が盆地に入ろうとするのをかなめが止めた。
「待ってください!! ここは普通じゃないです!! 先生が来るまで待つべきです!!」
「で、でも……卜部さんが先に行けって……」
「危険が背後にあったからです!! 今は目の前に危険が待ち構えてます!!」
二人の間に微妙な沈黙が流れた。
「でも……」
青木が口を開きかけた時だった。
「二人とも無事か?」
「先生……!! そっちこそ大丈夫でしたか!?」
「ああ。タバコが燃え尽きるまで奴らはこっちに来れん。それよりここは……」
卜部は盆地を見渡してから空を見上げた。
太陽はすでに山の向こうに消えて、辺りは本格的な夜の気配に変わりつつある。
「ちっ……ギリギリだな……」
卜部は独りつぶやくと二人に指示を出した。
「ありったけの枯れ木を集めろ。集落に入ってすぐに火を起こす。見た限り集落には燃料になりそうなものが少ない……」
大急ぎで薪になりそうな枯れ木を集めていると獣道の奥からざわめきが聞こえ始めた。
やがて、ズルり……ズルり……と大勢が足を引き摺る音が聞こえてくる。
「お
唖々……あろ……り
吁阿……ししょょうう……りり
来た嗚呼る……へい……へい……へい……へい……
お成……なりなり……
かかかか……かえ……
地の底から響くような不気味な呻き声が闇に混じって脳髄を震わせ頭が、まが、まが、マガマガ禍々、可怪しく、シクシク……しくしく泣く……なっていく。
「
卜部の真言が辺りに響いた。
その瞬間、頭の靄が晴れたように、かなめははっと我に返る。
気がつくと頬には涙が流れていた。
「亀!! 青木!! 行くぞ!! おそらくこいつらは……盆地には入れない……!!」
「はいっ!! かなめです!!」
青木とかなめが盆地に飛び込むのを確認してから、卜部はちらりと背後を見る。
恨めしそうに揺れる影に目を細めてから、卜部も盆地に足を踏み入れた。
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