袴田教授の依頼⑫

 

 出発の日はすぐに訪れた。

 

 事務所で迎えを待つ卜部とかなめはまるで探検隊のような、あるいは大戦中の日本兵のような格好だった。

 

「メモにあった店がまさかミリタリーショップだとは……」

 

 かなめはヘルメットを抱えてため息混じりに言った。

 

「こういうのは軍用品が一番理にかなってるもんだ。丈夫で必要十分。なにより安い!!」

 

 卜部は先程からイライラと腕時計を眺めては舌打ちしている。

 

 どうやら迎え以外に待っているものがあるらしい。

 

 ガチャリと音がして事務所の扉が開いた。

 

 

 二人の視線が扉に集中する。

 

「あの……ここが心霊解決センターであっていますでしょうか……?」

 

 そこには見るからに気の弱そうな青年が立っていた。


 扉には確かに「心霊解決センター」と札が付いているが、奇妙な探検隊を前にして不安になる気持ちはわからなくもなかった。 


 青年はキャンプにふさわしい水色のマウンテンパーカーを羽織り、防水仕様のトレッキングシューズを履き、登山用のバックパックを背負っている。

 


「やっぱり……あっちが正解ですよ……」

 

 かなめは目線だけ卜部に送るとボソリとつぶやいた。

 

 卜部はじろりとかなめを睨んでから青年の方を向いた。

 

「お前が袴田の使いか?」

 

 青年は卜部の目に宿る鈍い光に息を飲んだ。


 この人には逆らってはいけないと直感が告げている。


「は、はい……袴田研究室所属の青木と申します……!! よろしくお願いします……」

 

「袴田から条件は聞いてるだろうな? 俺の指示には絶対従ってもらう。念のためお前にも血判を押して貰おう」

 

 そう言って卜部は奥にある机の引き出しから古い板を持ってきた。

 

 青木は近くで板を見てぎょっとした。

 

 板の真ん中からは針の先端が突き出している。

 

 その物騒な板の使用法を理解して青木は青ざめた。

 

「チクッとするだけですから」

 

 かなめがにっこり微笑んで言った。

 

「あ、あなたは?」

 

「わたしは先生の助手で万亀山かなめです。ささ。どうぞ」

 

 そう言ってかなめに背中を押され、観念した青木は親指に針を刺した。

 


 血判状って……何時代いつの人だよ……

 


 やはり断ればよかったと薄々後悔しながら青木は口を開いた。

 

「あの……車……駐禁取られるとまずいんで、出来れば早く出発したいんですけど……」

 

 卜部は腕時計を見て再び舌打ちした。

 

「ちっ……間に合わないか……仕方がない……」

 

 その時だった再び事務所の扉が開く。

 

「卜部頼まれてたものを持ってきた」

 

 そこには見るからに気質かたぎではない黒スーツの男が立っていた。


 それを見た青木はさらに不安を募らせる。



李偉リーウェイさん!!」


 かなめが声をあげた。

 

「遅いぞ李偉!! 危うくで行く羽目になるところだ……!!」

 

「簡単に言うな。間に合ったことに感謝して欲しいくらいだ」

 

「ふん……」

 

 卜部は鼻を鳴らして紙袋を受け取ると中を確認した。

 

 引き換えに厚みがある封筒を手渡す。

 

「また何かあれば言ってくれ」

 

 封筒を確認して出ていこうとする李偉に卜部が言った。

 

「こんな依頼ばかり何度もあってたまるか!!」

 

 李偉は薄っすらと口角を上げて事務所を去っていった。

 


「待たせたな。行くぞ。この辺は駐禁が多い」

 

 

 通りには古いランクルが停められていた。


 青木は直ぐ様車に駆け寄り、駐禁を切られていないことに安堵すると二人を後部座席に案内した。

 

 三人を乗せたランドクルーザーは都市を抜けて山を越え、とある県境にあるという、陸軍が隠匿した兵器工場へと走っていった。

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