袴田教授の依頼⑧

 

 卜部とかなめは事務所をあとにして街へと出た。

 

 昼時の街はサラリーマンやOLでごった返している。

 

 皆一時の幸せと午後からの活力を求めてランチに並ぶのだ。

 

 

「くそ……どいつもこいつも同じ時間に飯を食いにのこのこと……」

 

 卜部が悪態をついた。

 

「わたし達も同じじゃないんですか?」

 

 かなめはつい思った事を口にする。

 

 その途端卜部のじっとりとした視線を感じてかなめは慌てて話題を変えた。

 

 

「あ……!! あそこのお店空いてますよ!?」

 

 卜部は一応かなめの指差す方を確認する。

 

 そこには一枚板の看板を掲げた寿司屋があった。

 

 見るからに高級そうな佇まいのその店は、入り口の脇に手書きの毛筆で「ランチあります」と掲げている。

 

 

 

「昼間っから寿司とは良い御身分だな……」

 

 卜部はかなめを見て目を細めた。

 

 

「やっぱり駄目ですよね……他をあたりましょうか?」

 

 かなめは卜部の顔を覗き込んで言った。

 

 

「行かんとは言ってない。付いて来い」

 

 そう言って卜部は寿司屋の暖簾をくぐる。

 

 かなめも慌てて卜部の後ろについて行った。

 

 

「せ、先生! ここ高そうですよ!? 大丈夫なんですか!?」

 

「かまわん。それに寿司は神に奉納もする縁起のいい食べ物だ。今食うのにうってつけだ。それに……」

 

 

「それに……?」

 

 かなめは続きを促した。

 

 

「最後の晩餐になる可能性もあるからな……」

 

 

 卜部はそう言って意地悪く笑った。

 

 その目にかなめはぞっとしつつも、気持ちは今から食べる高級寿司に移りつつあった。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 そう言って女将が嫋やかに歩いてきた。

 

 

「らっしゃい!!」

 

 その声に続いて厨房から板前の声が響く。

 

 

「二人だ。とりあえず適当に握ってくれ。それと……こいつは相当食う」

  

 卜部がかなめを指さしてそう言うと女将は頭を下げた。

 

「かしこまりました。お席に案内いたします」

 

 

「ちょ……!! いきなり何てこと言うんですか!?」

 

 席に向かいながらかなめが抗議した。

 

「先に断っておかないとご迷惑になりかねんからな」

 

 くくくと喉を鳴らして卜部が言う。

 

 それを見ていつになく上機嫌だとかなめは思った。

 

 それはおそらく卜部も寿司を楽しみにしているからだろう。

 

 

「それとも……食わないのか?」


  

 卜部はかなめを真顔で見つめて言った。

 

 かなめは拳を握り悔しさを噛み殺してから、はっきりとした声で宣言する。

 

 

「相当食べます」

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