袴田教授の依頼⑥
「条件が二つある」
卜部が重たい沈黙を破って口を開いた。
袴田はぎらつく眼で卜部を睨みながら答えた。
「なんだ?」
「ひとつ。この誓約書に血判をもらう。はっきり言ってあんたは信用ならない。今の話に嘘が判明した場合、それとあんたが今から伝える条件を反故にした場合、あんたは地獄をみることになる」
そう言って卜部は一枚の紙切れを取り出した。
袴田は誓約書の文言を睨んでから静かに頷いた。
「もうひとつの条件は何だ?」
袴田は身を乗り出して言った。
「あんたを新井とやらの捜索には同行させられない。捜索は俺と亀が二人で行う」
「ふざけるな!!」
袴田はローテーブルを両手で叩いて立ち上がった。
その音と叫び声に驚いたかなめは思わず卜部の背に隠れた。
しかし卜部は眉一つ動かさず、仁王立ちで卜部を睨みつける袴田を見ていた。
「貴様はこの施設の歴史的価値をまったく解っていない!! 貴様らのようなズブの素人が勝手に荒らし回っていい場所ではないんだぞ!?」
「なら交渉は決裂だ。お引取り願おう」
卜部は足を組んで腰掛けたままそう言って、手のひらを出口に向けた。
袴田はぎりぎりと歯ぎしりしてからどかりとソファに座り直した。
「貴様の指示に絶対従うと誓約書に条件を付け足す……」
「駄目だ」
卜部はタバコに火を点けながら言った。
「私以外の研究員を同行させる。もちろんさっきの条件を加えてだ」
袴田は目の下をぴくぴくと痙攣させながら絞り出すように言った。
「却下だ。こっちの命がかかってる。この条件を一ミリも変えるつもりはない」
その言葉にかなめはどきりとした。
それはそれほどの危険を卜部がすでに感じ取っているということを意味していた。
袴田は目を閉じて呼吸を整えると何かを決心したようにカバンから一通の茶封筒を取り出した。
「まったく忌々しい……あの女の言う通りになるとはな……」
そう言って袴田は封筒を卜部の前に投げて寄越した。
卜部は目を細めてそれを観察してから二本の指で摘み上げ裏返した。
その瞬間卜部の顔色がさっと変わるのをかなめは見逃さなかった。
咄嗟に覗き込むと封筒の左下に綺麗な文字で烏丸麗子と書かれているのが見て取れた。
「ここに来たのはあの人からの紹介か……?」
卜部の問に袴田はゆっくりと頷いた。
卜部は苦虫を噛み潰したような表情で前髪を掻き上げると、その手を後頭部でピタリと止めた。
それが何かを真剣に考えるときの癖だということをかなめは知っている。
しかし本人には絶対に言わない。
怒られるに決まっているから。
卜部は後頭部の手を退けると吐き捨てるように言った。
「いいだろう…さっきの条件を飲む……。出発は三日後。それまでに同行する研究員を用意できなければ俺たちだけで現地に向かう」
それを聞いた袴田はひっひっひと押し殺したような不気味な笑みを浮かべて頷いた。
そして自身の親指を噛み切ると、血の流れた指を乱暴に誓約書に押し付けて言った。
「よろしく頼むよ……腹痛先生……!!」
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