袴田教授の依頼⑤

 

 その夜、新井は食事を終えるとすぐに横になると言ってテントに引っ込んだ。

 

 一人取り残された私も早々にテントに入り横になったがどうにも寝付けなかった。

 

 

 仕方がないので私は何の気無しに、昼間にデジタルカメラで撮影した画像を眺めていた。

 

 その時ふと違和感を覚えた。

 

 私は違和感の正体が掴めず、画像を一から見直すことにした。

 

 何枚か画像を進めるうちに私は違和感の正体に気が付き血の気が引いた。

 

 

「その写真がこれだ……」

 

 そう言って袴田は封筒から写真の束を取り出して卜部の前に放った。

 

 卜部はそれを何枚かめくるとじっとりとした眼で袴田を見据えた。 

 

 

 かなめも気になって卜部の背後に回り写真を覗き込む。

 

 

 それは暗い建物の中でフラッシュに照らされた薬瓶や古い機材の写真だった。

 

 たしかに不気味な写真ではあったが、かなめには別段おかしいところは無いように思えた。

 

 

「被写体の奥を見てみろ」

 

 卜部が低い声で言った。

 

 

「ふふ……さすがは凄腕の霊媒師だな……これに気付かなかったら他を当たってるところだったよ」

 

 袴田はなかば自嘲するように言った。

 

 

 かなめは言われた通り被写体の奥を注意深く観察した。

 

 そこにはピンボケした新井と思しき男性が写っていた。

 

 

「ひっ……」

 

 

 異変に気づいたかなめは思わず小さく悲鳴をあげた。

 

 

「どの写真もそうだ……新井が映り込んでる写真にはすべてが写ってる……」

 

 

 写り込んだは険しい顔つきで新井を覗き込む白衣の男たちだった。

 

 どういうわけか彼らはモノクロ写真のように不鮮明でひどく古い写真のような写り方をしている。

 

 

「警察にももちろん見せたが相手にされなかった。映像の乱れだと一蹴されたよ。まったくとんだ愚か者たちだ!!」

 

 袴田は口汚く警察を罵った。

 

 その口調はまるで卜部もそうであると言うような、お門違いの怒気を孕んでいる。

 

 

 かなめはそんな袴田に言いようのない嫌な感情を抱いた。

 

 

「それで? 新井はどうなった?」

 

 しかし卜部はそんな袴田にはお構いなしで話の続きを催促する。

 

 

 

「ああ……話すさ……言われなくてもな……」

 

 

 

 私は新井の様子が気になってテントを抜け出し新井に呼びかけた。

 

 

「新井!! 起きてるか!? ここは危険だ!! 今すぐ出よう!!」

 

 

 するとテントの中から新井の声が返ってきた。

 

 

「私はここに残ります。教授はお一人で帰ればいい」

 

 

「何を言ってるんだ!! 新井!! 危険なのはお前なんだ!! 一旦戻ろう!!」

 

 

 私は中に入ろうとテントに手を伸ばした。

 

 すると私がテントに触れるより先に新井がテントから顔を出した。

 

 

「うるせええんだよ!? お前……さては手柄を独り占めするつもりだな!? そうはいかんぞ!!? これは俺が持ってきた情報だ!! 俺が世紀の発見の第一人者だ!!」

 

 

 私は新井のあまりの変貌ぶりに呆気にとられて立ち尽くしてしまった。

 

 新井は鋭い目つきで私を睨みつけると自分のテントに再び引っ込んでしまった。

 

 

「な、何か起きたらすぐに呼ぶんだぞ……? いいな……?」

 

 

 私の言葉に新井は何の返事も寄越さなかった。

 

 私は仕方なく自分のテントに戻った。

 

 朝まで起きていようと思った。

 

 何かあったらすぐに飛び出そうと決めていた。

 

 

 しかし私はどうしたわけか一瞬意識が飛んでいたようだ。

 

 ハッとして時計に目をやると深夜三時を回った頃だった。

 

 

 

「助けてぇぇえええ!! 教授!! 助け、て……!! い、嫌だいやだあぁあ!! 死にたくない!!」

 

 

 新井の叫び声が夜の廃村に響いた。

 

 私は慌てて外に飛び出したが、それ以降一度たりとも新井の声が聞こえることはなかった。

 

 

 夜が明けるまで私は新井を探し続けたが何の痕跡も見つけられなかった。

 

 朝日が昇ると同時に私はもと来た道を戻り警察に事情を説明したが、新井は見つからなかった……。

 

 

 

 

 そこまで話して袴田はすっと顔を上げた。

 

「新井は私が唯一認めた優秀な助手だ……こんなことで失っていい男じゃない!! 新井を連れ戻してくれ……!!」

 

 

 袴田は目をギラつかせながら卜部に言った。

 

 

 かなめはやはりその目に宿る狂気じみた光に、どうしようもない不安な気持ちを抱くのだった。

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