袴田教授の依頼④


 

 モルタル製の廃工場は驚くほど状態が良かった。

 

 建物一面に設けられた鉄格子入の窓はどれも割れておらず、ついこの間まで稼働していたかのような気配が今も残っていた。

 

 

 新井は状態の良さに興奮していたが私は昨夜のこともありどうにも気味が悪かった。

 

 

 しかしここで調査を中断するわけにもいかず、我々はとりあえず建物の正面に向かって歩くことにした。

 

 砂利道が蛇行しながら建物に向かって続いていた。

 

 道には轍などは残っていないものの、雑草はほとんど生えておらず荒れ果てた集落の様子と比較してもずっと綺麗だった。

 

 

 私はどうしても何者かが手入れをしているような気がしてならなかった。

 

 それが昨夜の人影と何か関係あるのではないかという妄想が、頭にちらついて離れなかった。

 

 

 とうとう我々は建物を囲う塀までやってきた。

 

 重たい鉄のゲートは南京錠で施錠されていたが、用意していたチェーンカッターで鍵を壊して敷地に侵入した。

 

 

「教授!! 見てください!!」

 

 新井の指さした方を見ると、正面扉から幾分離れた場所に設けられた重たい鉄の扉が開いていた。

 

 

 扉の中には昼だというのに夜のような深い闇が詰まっていた。

 

 まるで手招されているようで私は全身に鳥肌が立った……

 

 

 

 そう言って袴田は唇を真一文字に結んで鼻をすすった。

 

 

「あんたの感想に興味はない。さっさと核心を話せ」

 

 

 卜部は続きを促した。

 

 

 袴田はそんな卜部をじろりと睨んでから手の甲で鼻を擦って続きを話し始めた。

 

 

 

 我々の予想通り、建物の中には化学兵器工場だった証拠となる品がいくつもあった。

 

 証拠になりうる品を見つけるたびに写真に収めながら、我々は建物の奥へ奥へと進んでいった。

 

 

 しかし見つかる品はどれも当時の化学兵器工場では一般的なものばかりだった。

 

 帝国陸軍がGHQにひた隠しにしたかったモノが? 我々はそれを突き止めたかった。

 

 

 地上部をあらかた探索し終わったころには夕方になっていた。

 

 

「今日は一旦戻るとしよう」

 

 私は新井に声をかけた。

 

 しかし新井は何かを見つけたようで俯いて動かなかった。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 私はそう言って新井の肩に触れた。

 

 

「触るな!!」

 

 新井は凄い形相で叫んで、私の手を振り払った。

 

 

「す、すまん……急にどうしたんだ?」

 

 私がそう問いかけると、新井はハッと我に返ったように謝罪してきた。

 

 

「す、すみません……気が立ってしまって……それより、教授!! ここを見てください!!」

 

 

 見るとそこには見慣れない記号が三つ書かれた鉄の扉があった。

 

 焼却場の入り口ほどの人一人がやっと通れるくらいの扉だ。

 

 それが地下に向かって斜めに取り付けられていた。

 

 

「ここに、陸軍が隠したかった何かがあるんじゃないでしょうか!?」

 

 新井は目をギラつかせながら早口でそう言った。

 

 

「そうかもしれん。しかし今日はもう暗くなる。明日の朝一番で出直そう」

 

 

「しかし……!!」

 

 新井は続く言葉を飲み込んで渋々頷いた。

 

 

 我々はテントに戻り、二日目の夜を迎えた。

 

 

 

 そして……

 

 その夜のことだ……新井が消えたのは……

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