袴田教授の依頼③

 

 私は物音で目を覚ました。

 

 山深い廃村だ。野生動物がいても何ら不思議ではない。

 

 私は薄目を開けて寝袋の中で聞き耳をたてていた。

 

 

 よくよく聞いていると、それはというよりも人間の足音のようだった。

 

 

 恐る恐るテントの入口に視線をやると、月明かりで出来た影がテントに映っていた。

 

 

 それはまさしく人の形をした影だった。

 

 

 一瞬新井かと思ったが、全身に悪寒が走り本能が警告を発した。

 

 

 あれは新井じゃない……!!

 

 

 そう思った私は息を潜めて様子を窺っていた。

 

 影はじっとそこに立ったままこちらを見ているようだった。

 

 やがてその人影はゆっくりした動きで左右に大きく身体を揺すり始めた。

 

 

 私は恐怖に震えながらも、黙ってひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。

 

 

 すると影は諦めたのか私のテントの前を立ち去って、今度は新井のテントの前で同じようにじっと立ちすくんでいた……

  

 

 

 私の時と違ったのは、新井が声をかけたことだった。

 

 

「教授? どうかしたんですか?」

 

 

 新井の声が聞こえた直後、影がテントに入っていくのが見えた。

 

 私はすぐに起き上がろうとしたが、金縛りにあって身動き一つできなかった。

 

 

 隣のテントからはガサゴソと物音だけが聞こえてくる。

 

 

 私は微動だにすることも声を出すことも出来ず、やがて息が苦しくなり、そのまま意識を失った。

 

 

 

 そこまで話すと袴田はふぅと息をついた。

 

 かなめもいつのまにか身を固くして不気味な話に聞き入っていた。

 

 慌てて二の腕を擦って固まった身体をもとに戻そうと試みる。

 

 

 

「それで新井とやらは行方不明になったわけか?」

 

 卜部が静かに口を開いた。

 

 

 

「いや……そうじゃない……」

 

 袴田はそう言って続きを語りはじめた。

 

 

 

 あくる朝目を覚ましてすぐに、私は大急ぎで新井のテントを覗きに行った。

 

 

「新井!! 無事か!?」

 

 

 しかしそこに新井の姿は無かった。

 

 私がパニックになりかけていると背後から声がした。

 

 

「教授!! おはようございます!!」

 

 見ると何喰わぬ顔で新井が立っていた。

 

 

「お前何とも無いのか……!?」

  

 私が尋ねると新井は困ったような顔を浮かべて聞き返してきた。

 

 

「へ……? 何かあったんですか?」

 

 

 

 私は昨夜の出来事を話して聞かせた。

 

 しかし新井はそんなことは全く記憶にないと言う。

 

 

「夢でも見たんじゃないですか?」

 

 そう言って笑う新井に私は安堵しつつも、得も言えぬ不安な気持ちを抱いた。

 

 あれは断じて夢ではないという確信があったからだ。

 

 

 しかし新井に変わった様子もないことから、我々は当初の予定通りに化学工場跡の探索を決行することとなった。

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