袴田教授の依頼②


「あれはとても嫌な感じのする場所だった……」

 

 そう言って袴田は話し始めた。

 

 

 

 ある日のこと、助手の新井が興奮した様子で私のもとにやって来た。

 

「教授!! 凄い情報を仕入れました!! 帝国陸軍が隠し通した秘密の化学工場跡があるらしんです!!」

 

 

 新井は信用にたる男だった。私は彼が話す内容にじっと耳を傾けていた。

 

 彼が言うにはK県の山奥、県境付近に秘密の化学工場跡があり、そこは未発表の研究施設だと言うのだ。

 

 

 軍上層部がGHQにも隠し通した施設となれば、その重要性は計り知れない。

 

 もしそれが本当なら、歴史的な発見になる。

 

 

 話を聞き終えた私はそう確信した。

 

 

 我々はさっそく計画を練り、現地調査に向かうことにした。

 

 国道に車を停めると前情報通り、藪の中に未舗装路という名のけもの道が伸びているのが確認できた。

 

 半日ほど歩き陽も傾き始めたころ、我々は突然開けた場所に出た。

 

 どうやら集落の跡らしかった。

 

 

 古い民家と思しき廃墟が点在する草はらの奥に目的の化学工場跡はあった。

 

 

 

「教授!! きっとあれです!!」

 

 新井は目を輝かせて建物を指差していたが、私は厭な予感がした。

 

 

 蔦に覆われたその建物はどこか異様な雰囲気を感じさせるものだったのだ。

 

 周囲の廃墟に比べると、明らかに劣化の程度が少ないのだ。

 

 少ないと言うよりも、ほとんど劣化の跡を感じさせない佇まいだった。

 

 

 我々は本格的な調査は明日に持ち越し、その日は周囲の廃墟の探索と野営の準備に当てることにした。

 

 廃墟の中には当時を感じさせる新聞記事や軍支給の水筒、九〇式鉄帽きゅうまるしきてつぼうなどが散乱していた。

 

 

 

 それらから推測するに、どうやらここには軍の関係者が住んでいたことが分かった。

 

 我々は比較的損傷の少ない家屋の中にテントを張り、夕食の支度を進めた。

 

 

 夕食と言っても持参したレトルトを温めるだけの簡素なものだ。

 

 水は集落を流れていた沢から汲んできたものを使用した。

 

 化学工場跡地ということで汚染の心配があったが、簡易の水質検査キットで調べたところ、水は澄んでいることが分かった。

 

 

「教授!! ここが陸軍の拠点だったことは間違いありませんよ!!」

 

 新井は廃墟に残った遺留品を片手に興奮した様子で話していた。

 

 

 

「ああ。あとは問題の化学工場跡で確たる証拠が出れば、我々は歴史的な発見をすることとなる……!!」

 

 私も学者の性が出たのか、先程感じた厭な予感のことなどすっかり忘れて、興奮を隠しきれなかった。

 

 

 明日に備えて眠ろうという事になり、我々はそれぞれのテントに戻り眠りについた。

 

 

 最初の異変が起きたのは、その夜のことだった…… 

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