第31話 終幕

 何が起こったのか、自分でもよく分からなかった。


 ただ、望月さんの声が遠くで聞く事だけはできた。


 暗闇に包まれていた世界に、稲妻が走り、気づくと、闇は晴れ、飛んできたクナイに反応できていた。


「え……? 服部、くん……?」


 望月さんも何が起こったのかよく分かっていないみたいだ。

 いや、この場にいる誰も、今の状況が理解できていない。


「貴様……! なぜ生きておる……!?」


 ゆっくりと、立ち上がる。

 変だ。

 体の調子がすこぶる、良い。

 目、耳、鼻、全ての感覚が研ぎ澄まされている。


「は、服部くん……!!!」


 へたり込んだ望月さんの周りには、バチバチと今でも電気が走っている。

 何となくだが、状況が理解できた。


「ありがとう、望月さん」

「へ……?」

「望月さんのおかげだ。さっきまで止まっていた俺の心臓が、望月さんの異能でまた動き出したんだ、きっと」

「それって……AEDみたいな……」

「はは、うん。そんな感じだと思う。詳しくは良く分からないけど、これだけは分かる」


 俺は、望月さんに手を差し伸べた。


「俺はキミに、命を救ってもらった。だから、ありがとう」

「服部くん……!」


 望月さんは手を取り、立ち上がった。

 先ほどまでの驚異的な電撃は収まり、静電気レベルへと落ち着いていた。


「ちょっと待っててくれ、あの人の目を覚ましてくる」

「……うん。お願い、服部くん」


 俺はゆっくりと頷いた。

 きっと、望月さんも感づいているのだろう。

 あの男が、自分の祖父であると。


「人智を超えた力……まさしく異能。忌々しい異能の力だ……!」

「そうだな。でも、あんたが思うよりも、悪い力だけじゃないはずだ」

「抜かせ!」


 先ほどよりも早く、憎悪を抱きながら友則が突進してくる。


(あれ……)


 すぐに感じる違和感。

 先ほどまで対処するので精いっぱいだった友則の動き。

 それが今では、とてもゆっくり見える。


「死ねいっ!!!」


 大きく右腕を引いて、クナイで切り裂こうとしている。

 しかし、ブラフだ。

 隠し持っているのは、左手。


「なっ……!」


 見える。目で追える。攻撃が、手に取るように分かる。

 そして、考えた次の瞬間には、動作が完了している。

 俺は友則の左腕が、動く前に掴んでいた。


「今なら分かる。あんたの動きが……!」

「くっ!」


 振りほどかれ、距離を取られる。

 その距離を、一瞬で詰める。


「は、速っ──!」

「ふっ!!!」

「ぬぅっ……!」


 さすがだ。拳を腹に打ち込む寸前、小手で防がれた。


「ぐ……少し痺れる……。貴様、帯電してんぜ平然としていられる……!?」

「ん? ……なるほど、そういうことか」


 友則に言われるまで気が付かなかったが、自分の体を見てようやく気づいた。

 自分の全身は今、電気を帯びている。チリチリと電気が走っているし、どこか焦げ臭い。

 恐らく、電気が走っているのは表面的でなく、内面的にもだ。

 だからかもしれない。考えると同時に、体を動かせているのは。

 これができるのは、俺が生まれ持った体質のおかげだろう。


「異能よりも異能だな、貴様は」

「そうかもな。でも、おかげであんたの目を覚まさせることができそうだ」

「覚ます……? とっくに覚めておる!」


 友則が突っ込んでくる。

 速い。だけど、反応できる。

 クナイを持った腕が迫ってきた。的確に掴み、その勢いを利用し、高速回転──!



「ぬぅ……!」

「とっとと目ぇ覚ませ!! このクソジジイいいいいいいいいいいい!!!」


 渾身の力で振り回し、背中から叩き落した。

 服部流体術奥義、”電撃一本背負でんげきいっぽんぜおい”。今考えた。


「がはっ……!」


 良かった。死んではいないらしい。普通なら死んでいてもおかしくないが、困ったほどに頑丈で頑固なジジイだ。


「おい、気絶なんてするなよ。目かっぴらいてよく見ろ!」


 俺は半ば強引に友則の体を起こし、望月さんの方へと向かせた。


「あそこにいるのは誰だ、言ってみろ」

「は、服部くん……?」

「……」


 望月さんは困惑しているようだが、俺は友則の返答を待つ。


「異能者だ」


 このクソジジイ……! どうやらもっと殴る必要が──。


「素直で、優しく、あの子がそこにいるだけで、周りが明るくなる」

「……!」

「いつもワシの冗談で笑ってくれて、気遣ってくれて、かけがえのない存在」

「……」


「ワシの、愛しき孫娘じゃ」


「……おじい、ちゃん」


 ボロボロと、2人して泣いている。


「おじいちゃん……!」

「来るなっ!!」


 駆け寄ってきた望月さんを、友則は止めた。

 そしてフラフラと立ち上がり、背を向けた。


「ワシは憎悪に囚われ、お前の命を狙った。それは変えようのない事実。今のワシに、お前から許しを貰う資格などない」

「そんな……私は……!」

「これはワシにとってのけじめじゃ。ワシもまだ、鍛錬が足らなかった。ワシは、お前の元から去る」

「……んっ、分がっだ」


 望月さんが鼻をすすりながら、受け入れた。

 きっと、必死に止めたいはずだが、友則の意思も無下にしたくないのだろう。


「う……ひぐっ……」

「己を見つめなおし、心の弱さを克服することができた時」

「え……」

「その時はまた、ワシと会ってくれるか?」

「……! うんっ……うんっ……!」

「……ありがとう、由愛」


 背を向けたまま、友則は歩き出した。

 去り際に、俺は確かに聞いた。


「由愛を泣かすようなことがあれば、貴様を殺すぞ」

「あ……はい……」


 友則は風のように、フッと消えた。


「恐ろしい爺さんだよ、ホント」


 空を見上げる。

 雷雲は無くなり、空は青一色だった。



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忍ぶ忍者、異能な彼女 Ryu @Ryu0517

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