第29話 亡霊
急に響いた声。
俺の後ろに立っている。
気配をまるで感じなかった。まるで初めから、俺の後ろに立っていたみたいに。
ゆっくりと、後ろを振り向く。
男だ。黒い装束を身にまとい、顔まで隠れて口元しか見えない。
その姿を見た次の瞬間、俺の体は壁に突き飛ばされていた。
「がはっ……!?」
一瞬で分かった。
この男は、人間の極限に達している。
生まれ持っての頑丈な肉体が無ければ、今頃気絶でもしていただろう。今の俺は意識を保つのがやっとだった。
「は、服部くん……!」
「人の心配をしている場合か?」
「がっ……!?」
望月さんのお父さんの首が捕まれ、持ち上げられる。
「が……あ……」
「異能に与する俗物が。恥を知れ」
「あ、あなたっ!」
「女。そこの小娘をこちらによこせ。そうすれば男は助けてやる」
「そんな……!」
「み、美穂……! に、げ……!」
「残念だ」
起きろ。立て。地に足をつけろ。踏ん張れ。
目の前で人が殺されそうになって、黙ってられるか……!
「おらああああああああああああああああああああ!!!」
半ば突進するような勢いで、男に殴りかかった。
男は一瞬で望月さんのお父さんから手を放し、両手で俺の拳を防いだ。
「げほっ……!」
「あなた……!」
良し、ひとまずお父さんは無事だ。戦いに巻き込まぬよう、できるだけこの場から離れなくては……!
「なるほど……少々重いな」
「少々かよ……!」
一歩下がり、その場で高速回転。
全体重を乗せた、回し蹴り、服部流体術、”
「ぐっ……!」
男は吹っ飛び、壁をぶち抜けて外へと飛び出た。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
男が体制を立て直す前に、飛びつき、蹴りを入れようとするが、遅かった。
男は瞬時に受け身を取り、すぐに隙のない構えを取っていた。
「くそっ……! 2人は望月さんを連れて遠くに! 近くに俺の仲間がいるので、どうにか見つけてください!」
「わ、分かった……!」
「させると思うか?」
男が動くより前に、懐から球体を取り出し地面に叩きつけた。その瞬間、鋭さを感じるほどの光が辺りに一瞬だけ広がった。
「閃光か……!」
「邪魔させるわけねぇだろ!」
「ぐぁ!」
相手の隙を見逃すことなく、蹴りを入れて男を吹っ飛ばす。
「どうだ。これでも無視できるか?」
「……なるほど。その体格でその身のこなし。お前も異能者だと見て相違ないか?」
「残念だったな。体質だよ」
「そうか。まぁ──どちらにせよ殺すが」
速い──!
いや、ただ単に速いだけではない。変則的な動きに頭が追い付かない。まだ距離があると思っていたのに、次の瞬間には距離を詰められている……!
異常なまでの低い姿勢から抉るようなアッパーカット。すんでのところでかわすが、後ずさり距離を取るので精一杯だ。
「あっぶね……!」
「鈍いな。体が丈夫だからと高を括っている証拠だ」
「かわしたのに説教かよ……!」
構えを取り、服部流体術を──。
「遅いっ!!」
「っ!?」
構えを見るや否や、男は懐から手裏剣を取り出し、こちらにぶん投げてきた!
「うおっ!?」
これも避けるので精一杯。その間に、一気に距離を詰められた。
「まずっ……!!」
「飛べ」
男の掌底が腹にめり込む。
嫌な音がした。どこかの骨が折れた音だ。
「ごっ……!!!」
男の言葉通り、俺の体は何回転もして吹っ飛んでしまう。
「うぉえ゛っ……! げほっ……! げほっ……!」
胃の中身をぶちまけてしまった。
丈夫なことが取り柄の体が、こうも容易く砕かれるとは。
威力が強いだけではない。おそらく急所に当てるのが恐ろしく的確なんだ。一発一発が、重すぎる。
「はぁ……はぁ……」
「……」
まずい。男は俺を脅威でないと判断したのか、俺に背を向けている。
向かう先は、望月さんのところだろう。
何とか引き留めなくては……! 何でもいい、今できることは、これしかない……!
「やっぱり、な……」
「……」
男は歩き出した。
「俺の、悪い予感が、はぁ、当たった……」
一歩、また一歩と歩みを進めている。
「あんたなんだろ……」
歩みは止まらない。声は聞こえているはずだ。ならば、大声で嫌でも聞かせてやる。
「望月さんの、おじいちゃん……
男の歩みは、止まった。
ゆっくりと、こちらを振り返った。
「……気づいておったか」
「消去法だ」
「……」
「望月さんのお父さんとお母さんは、本当に望月さんを大事にしていた。それは別荘にあったアルバムだったり、娘を見た時の反応で、察したよ。悪い人たちじゃないって……」
何とか体を起こし、視界が揺れながらも立ち上がることができた。
「確信を持ったのは、さっきだ。服部流体術、知ってるだろ、あんた」
「……あぁ。お前の祖父とは良く手合わせをしておったからな。技はほとんど覚えておる。全盛期の奴に比べれば、お主のはまだまだ未熟」
「へへ……言ってくれるな……」
もう隠す必要はないと言わんばかりに、望月さんのじいちゃんは顔を覆っていた布を取った。
「すっかり忍者の顔しやがって……」
「当然。忍者たるもの、使命を遂行するときはこういった顔になるものだ」
「使命……? 誰からのだ……」
「誰でもない。己自身に科した使命……それ即ち、異能者の殲滅だ」
言われた言葉は伝わったが、頭が理解しようとしていなかった。
「理解できない、という顔だな」
「当たり前だ! 異能者の殲滅なんて、何で──」
「私の妻は異能者に殺された」
その言葉は鉛のように重く、刃のように鋭く胸に突き刺さった。
「異能は異分子だ。この世にあってはならないものだ。あれは神によって与えられた能力などではない。ワシから言わせれば、悪魔によってもたらされた呪いだ。だからワシは、依頼した。あの伊神という男にな」
「やっぱり、あんたが伊神に情報を渡したんだな」
「あぁ。異能者とはいえ我が孫娘。ワシの知らないところで死んでくれれば、誰かの手によって殺されてくれれば、そう思っておったのだがな」
はぁ、とため息をついて、俺を睨みつけている。
「伊神の目論見は失敗に終わった。それどころか、忍者協会までも泥をかぶった」
「それと何の関係があるんだよ」
「百鬼知代は失脚。より異能者に肩入れをする知代の孫娘が代表となった。より一層、異能者が認められる世界となるだろう。そんな世界、ワシには理解できぬ」
「そんな、だからって──」
「自分の孫でさえ殺すのか、そう言いたいのだろうが、ワシの憎悪はもはや止められぬ。お前は、愛するものを目の前で惨殺されたことはあるか?」
「……」
何も言えなかった。
望月さんのおじいちゃんがどれほどの憎悪を抱いているか、俺には理解することはできない。
それでも、望月さんが殺されるのは嫌だ。そんなの、間違ってる。
「立つか」
「……あぁ」
「であるならば、殺すのみ」
立っているのがやっとだ。体術の構えを取ることすらままならない。
「死ねい!!!」
一瞬のうちに距離を詰められ、肘内を心臓に打ち付けられる。
「ごふっ……!」
あぁ、これはダメだ。
瞬時に理解した。俺は負けたのだと。死ぬのだと。
ごめん、望月さん。
罪悪感を抱きながら、意識は闇へと落ちていく。
最後に、守ろうとした彼女の声が聞こえた気がした。
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