第28話 始まりへ
「はぁ……本当に山奥だな」
伊神コーポレーションに襲撃した次の日。俺は望月さんが所有している別荘に向かっていた。
望月さん曰く、家族でキャンプなどをするときに山奥にある別荘を使うんだとか。
そしてここが、望月さんの両親が研究をしていた様子を目撃した場所らしい。
そして、家族でキャンプを楽しんでいた後、両親が研究室らしき部屋に入る姿を目撃し、事態を把握したという。
じいちゃんが場所を知っていて助かった。
昨日、家に帰ってからじいちゃんに事情を説明すると、じいちゃんはすぐに場所を教えてくれた。
夜が明けるまで休み、力也くん因幡くんペアに車で運転してもらい、こうして俺は望月さんを背中に背負って別荘へと向かっているという訳だ。
それにしても、車も通れない道とはな……。ぼうぼうに生えた草をかき分け、大木の間を通り抜けながらかれこれ30分近く経つ。
2人には車で待たせてある。
何かあった時のため、知らせにいけるようにだ。
勿論、何かないことを願うばかりだが。
「ここか……」
ようやくたどり着いたそこは、まるでゲームに出てくるような建物だった。2階建てで、かなり立派な別荘だ。周りが木々しかないため、より幻想的な雰囲気を醸し出している。
「望月さん、着いたよ」
「ん……」
望月さんの意識は昨日から朦朧としている。
呼びかけに応えて、返事も返してくれるが、それもいつまで続くか分からない。それすらできなくなる可能性だってある。
ここに彼女にとって救いがあれば、そう願い玄関のドアノブを掴んだ。
「……開いてる」
捻ってみると、鍵はかかっておらず、すんなりとドアは開いた。
別荘の中は散乱としており、家具などは倒れ、ガラスが割れている部屋もあった。当時の荒らされた状況から手が加えられていないようにみえた。
「……いや」
よく観察すると、人が通ったような跡がある。
誰かがここに出入りしていることは間違いない。
望月さんを背負いながらの戦闘は絶対に避けたい。
今のところ、辺りに人の気配はない。ゆっくりと、こちらの気配を悟られないようにしつつゆっくりと進む。
「……」
荒らされる前は、とてもきれいな別荘だったのだろう。広いリビングに外にはウッドデッキ。キャンプ用品も散らばっており、よくキャンプで使われていたと推測できる。
ゆっくり進んでいくと、洋室のようなところにたどり着いた。
中は荒らされていたが、壁の写真などはそのままだった。
「マッドサイエンティストの部屋には見えないよなぁ……」
写真には楽しそうにキャンプをしている姿の望月さんと、両親らしき人が映っているものばかりだった。
誕生日パーティの記録なんかもあった。アルバムにはいくつもの写真が収納されていた。
どれも笑顔で、幸せそうだった。望月さんの両親が、娘を研究して喜ぶような変態や、売り飛ばすような鬼畜にはどうしても思えない。
その後、どの部屋をめぐっても同じような部屋ばかりだった。
家族との幸せなひと時。
今の状況とは遠くかけ離れており、心が痛む。
「どこも普通の部屋ばかりだ。くそっ、ここまで来て無駄足なんてこと止めてくれよ」
そういえば望月さんは研究室らしき部屋を見たと言っていたが、そんな部屋はどこにもなかった。
望月さんに聞ければ一番早いのだが、彼女がこの状態では──。
「お父、さん……お母、さん……」
「望月さん?」
寝言だろうか。望月さんがボソッと呟いた。
「──っ!」
その直後、人の気配を感じた。咄嗟に身を隠し、相手の様子をうかがう。
数は2人。
どちらも足音から察するに、普通の人間だ。
「あなた、急いで」
「分かってる。あぁくそ、派手に荒らしやがって……」
物陰からゆっくりと、相手の顔を見た。
「あれは……」
間違いない。さっき写真で見た。望月さんの両親だ。
おぼつかない足取りで荒れた部屋の中を進み、ある場所で止まった。
望月さんの父親は屈んで、床板を外した。
(なるほど、隠し部屋があるのか)
ご丁寧にパスワードロック付きらしく、8回入力したのちに、扉は開いた。2人はそのまま地下へと潜っていった。
「よし」
俺は2人が入ってしばらくした後、同じように床下の扉を開けた。
手元は穴が開くほど見ていた。入力した8桁の数字もおそらくだが分かる。
「望月さんの生年月日、だよな」
西暦4桁、月2桁、日2桁。打ち込むとすんなり扉は開いた。
俺は足音を立てないよう、ゆっくりと地下へ降りて行った。
その地下室は、見事なまでに研究部屋だった。
そこかしこに積まれたケースには何種類もの生き物がいた。
置かれた本棚には分厚い本ばかり。
仕事用の大きめのデスクが2つあるだけ。研究するためだけの部屋と言っても過言ではないだろう。
そんな場所で、2人は右往左往していた。
「よし、これだけあれば何とか大丈夫だ」
「数は大丈夫なの?」
「とりあえずはね。暴走の初期症状レベルなら止められるはずだ。手元に1つでも残しておけば、時間はかかるが量産は可能なはず……!」
「分かったわ。早くここを離れましょう。いつ追手が来るか──」
「お2人とも、そこを動かないでください」
「っ!? 誰だ!?」
俺はこそこそと動いていた2人に、堂々と呼びかけた。
「「由愛!」」
2人同時に望月さんの名前を叫んだ。
間違いなく、2人は望月さんの両親だろう。
「時間が無いので結論から言います。今望月さんは、かなり不安定な状態です」
「まさか、もう暴走が……!?」
「大変……! お願いします、娘を返してください!」
2人は即座に膝をつき、地面に頭をこすりつけていた。
「ちょ……! だ、大丈夫です。俺も望月さんを助けたくてここに来ました。お2人なら、望月さんを助けられると思っていいですか?」
「あぁ……! きっとまだ間に合うはずだ!」
「ここは寝かせられるような場所もないから、ひとまず上で……!」
「……分かりました。お2人を信じます」
地上に戻り、比較的荒らされてない部屋のベッドに望月さんを寝かせる。
「望月さん──えっと、由愛さんは昨日、大きな電気を発して、発熱もありました。意識も朦朧としてて……」
俺はひとまずありのまま起こったことを話した。
「間違いない……異能の暴走だ。薬を飲ませよう」
「薬があるんですか?」
「あぁ。私たちは、由愛がいつかこうなることを想定して、禁忌と知りながらも暴走抑制剤の研究を進めていました」
「由愛には、知らないままでいて欲しかったですけど……」
「とにかく、今は薬を」
望月さんのお父さんはカバンから錠剤のようなものを取り出し、望月さんに飲ませた。
薬を飲んだ望月さんの表情は、心なしか安らいでいるようにも見えた。
「あぁ、由愛……!」
「まだ経過観察が必要だけど……大丈夫そうだ……良かった……!」
2人は望月さんの手を握り、涙を流しながら喜んでいた。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか」
「あ、いえ……」
「自己紹介がまだだったね。私は
「妻の
「えっと、服部祐って言います。由愛さんとは、クラスメートというか、師匠というか……」
「師匠……もしかして、あなた忍者さん?」
「あ、はい。一応忍者やってます」
「そう、あなたが……。由愛がよく言っていました。困った時は忍者さんが助けに来てくれるんだって」
確か、望月さんが幼少期に忍者に助けてもらった話だっけか。両親にもよく話していたのは初耳だったが。
「あら……もしかして気づいてない?」
「気づいてない? 何がですか?」
「……いえ。忘れて。きっと、時間が解決するでしょうから」
「……?」
意味ありげな笑みを浮かべながら、望月さんのお母さんは望月さんの傍に行った。
「しまった……! 忘れていた……!」
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、僕たちを襲った連中がいつここに襲いに来るか分からない……! 早くここを離れた方が……!」
「あ、あー。その事ですか……。えっと、襲った連中の組織は壊滅状態なのでそいつらは安心していいかと」
「そ、そうなのかい? よく分からないが……それならここにいても大丈夫という事かな」
「いえ、できれば離れるに越したことは無いと思います」
「でも、その人たちはもう私たちを襲うことは無いのでしょう?」
「……確認したいんですけど、異能の研究をしていたことを他に誰か知っていますか? というか話したりしましたか?」
「まさか。私と妻以外は知らない事ですよ。あ、それと──」
「見つけたぞ」
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